高野悦子 (大学生)

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高野 悦子(たかの えつこ、1949年1月2日 - 1969年6月24日)は20歳で自殺した大学生。遺著『二十歳の原点』(にじゅっさいのげんてん)で知られる。

[編集] 経歴

1949年栃木県那須郡西那須野町(現・那須塩原市)出身。西那須野町立東小学校西那須野町立西那須野中学校卒業。

栃木県立宇都宮女子高等学校を卒業後、立命館大学文学部史学科日本史専攻に入学する。

3回生であった1969年6月24日、山陰本線の貨物列車に飛込み、鉄道自殺を遂げた。

死後(1971年)、20歳の誕生日から自殺にいたるまでの内面の葛藤を綴った日記が父親の手によって纏められ、新潮社から『二十歳の原点』というタイトルで出版され、広く読まれた。

1973年には映画化(大森健次郎監督)もされた。

また、20歳になる以前の日記が『二十歳の原点序章』(1974年、新潮社)、『二十歳の原点ノート』(1976年、新潮社)として出版された。2009年、シリーズ3部作の新装版がカンゼンから発売された。

[編集] 人物

  • 小さいころのあだ名は「カッコ」。
  • 4歳の頃、先天性心臓弁膜症と診断され、激しい運動を制限される。父親による略歴には「この件が肉体的だけでなく精神的にも大きな影響を与えた」とある。
  • 1966年1月奥浩平の『青春の墓標』を読み、強い影響を受ける。奥の名前や『青春の墓標』の一節は、「序章」「原点」にもしばしば登場する。学生運動での悩み、失恋、自殺後に日記が出版されるなど、2人には共通点が多い。
  • 特技はピアノ。大学近くのジャズ喫茶しあんくれーる」を愛し、たびたび通っていたことが日記に書かれている。
  • 姉の影響で登山に興味を持ち、ワンダーフォーゲル部に入部している。
  • 詩人に憧れ、自身も多数のを書き残す。最後の日記に書かれた「旅に出よう」で始まる詩は、特に印象に残る一篇とされている。

[編集] 日記が書かれた期間

1963年1月1日(中学2年)から1966年11月22日(高校3年)まで
1966年11月23日(高校3年)から1968年12月31日(大学2年)まで
1969年1月2日(大学2年)から1969年6月22日(大学3年)まで