野田暉行

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野田暉行(のだ てるゆき、1940年6月15日 - )は日本の作曲家

経歴[編集]

三重県津市に生まれる。高校時代、放送委員としてさまざまなクラシック音楽のレコードに触れたことがきっかけとなって作曲家になることを決意し、独学でピアノ練習や交響曲などの作曲を試みる傍ら、池内友次郎の許を訪ねて本格的に作曲理論の勉強を開始する。1967年東京藝術大学大学院修了。池内友次郎矢代秋雄、に師事。在学中、日本音楽コンクール第1位。

類まれな和声感や構造性、真髄を捉えた旋律は国内外からも非常に高く評価され頻繁に演奏されている。 洋楽の伝統を受け継ぎ探求しながら、邦楽においても深く興味を持ち、邦楽曲も数多く書いている。 尾高賞文化庁芸術祭優秀賞、東京都百年記念祝典曲優秀賞、イタリア放送協会賞ほか数々の賞を受賞。 卒業以来母校で教鞭を執り、1986年度から2007年度まで東京藝術大学教授を、また2002年度から2005年度まで同大学副学長を務めた。 日本近代音楽財団日本交響楽振興財団各評議員。各種コンクール審査員。

新実徳英西村朗夏田昌和長生淳伊藤康英など、多くの優秀な弟子を育てているほか、2000年には作曲家集団「21世紀音楽の会」を結成し代表を務めている。

代表作[編集]

管弦楽曲[編集]

  • 交響曲第1番 op.8 (1966年)
  • コラール交響曲 (1968年)
  • 変容 op.18 (1971年)
  • ピアノ協奏曲 (1977年)
  • 交響曲第2番 (1983年)
  • ギター協奏曲 (1984年)
  • 交響壁画 -祝典幻想曲- (1987年)
  • アドリア狂詩曲 ギターと弦楽オーケストラのための (1988年)
  • 管弦楽のための カーナバル (1989年)
  • 三重讃歌 (1990年)
  • ルミナス―光芒の彼方から 尺八、箏、管弦楽のための (1995年)
  • 開眼会 2人の独唱、合唱、管弦楽のための (1998年)

室内楽曲・器楽曲[編集]

  • ホルン三重奏曲 (1963年)
  • ピアノ三重奏曲 (1963年)
  • 3つのピアノ曲 (1966年)
  • マリンバと3本のフルートとコントラバスのための五重奏曲 朝の歌 (1968年)
  • ピアノのための 3つの展開 (1969年)
  • エクローグ フルートと打楽器のための (1970年)
  • インテルメッツォ ギターのための(1977年)
  • 子供のアルバム (1982年)
  • ハープ・ソロのための エンデミオンの夢 (1984年)
  • 弦楽四重奏曲 (1986年)
  • 庭園にて ヴァイオリンとピアノのための (1986年)
  • ピアノのための オード・カプリシャス (1986年)
  • コンソナンス 木管五重奏とピアノのための (1993年)
  • ピアノのための モノドラマ (1994年)
  • ポエムI
  • ポエムII

合唱曲[編集]

  • 空がこんなに青いとは (1971年)
  • 混声合唱曲「死者の書」op.19(1971年)
  • 白い花 (1977年) - 昭和52年度NHK全国学校音楽コンクール小学校の部課題曲
  • 混声合唱組曲「青春」 (1978年)
  • 女声合唱とピアノのための交響詩「有明の海」 (1981)
  • 混声合唱曲「みぞれ」 (1983年) - 昭和58年度NHK全国学校音楽コンクール高等学校の部課題曲
  • 混声合唱曲「走れメロス」
  • 女声三部合唱組曲「湘南賛歌」 (1990年)
  • 地球が私を愛するように (1991年) - 平成3年度NHK全国学校音楽コンクール中学校の部課題曲
  • 晋我追悼曲(2009)
  • 女声合唱曲「風よ」(2009)

その他の作品[編集]

  • 能「高山右近」 (1997年)
  • 和声50課題集

外部リンク[編集]