秋草直之

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

秋草 直之(あきくさ なおゆき、1938年12月12日 - )は、富士通株式会社取締役相談役(2008年6月-)、関西大学政策創造学部客員教授。

目次

[編集] 人物像

栃木県出身。電電公社総裁を務めた秋草篤二を父親に持ち、家族は夫人と子供二人。

秋草は富士通初の文科系出身のシステムエンジニアだとされており、入社以来、一貫してシステム開発部門を歩んできた。公共システム事業に部長として携わった際にはオーストラリア統計局とのメインフレーム商談を成功に導いた。取締役就任後は出自であるシステム開発の経験を生かして、ソリューションビジネスを同社の収益の柱に育てた。また、系列のSE子会社の設立にも深く関わっていたと言われている。

しかし、ITバブルが崩壊した事でソリューションビジネス中心のスタイルが裏目に出た上、社内でも1993年に導入した成果主義の弊害面が顕著に目立ち始め、その上、これら問題に対する対処が悉く後手に回ってしまい、社長在任期間の後半には富士通は著しい凋落に陥って行く。

2001年週刊東洋経済10月13日号上で、業績の下方修正に対する社長の責任を問われ、「業績が悪いのは従業員が働かないからだ。」という主旨の回答を行った。 このインタビューは各方面に大きな反響を呼び、一部では「経営の責任放棄」などと批判された。

2003年6月、社長を退任して会長に就任。最終的に富士通を立ち直らせる事ができず、同社の再建は後任社長の黒川博昭に託された。

[編集] 経歴

[編集] 社外団体

  • 1998年 7月 : 通信機械工業会 副会長
  • 1998年 7月 :(社)日本電子工業振興協会 副会長
  • 1999年 5月 : 同会 会長
  • 2000年 5月 :(社)経済団体連合会 評議員会 副議長
  • 2000年 5月 : 同会 環境安全委員会 共同委員長

[編集] 外部リンク