成果主義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

成果主義(せいかしゅぎ)とは、ある一定の課題の評価について、最終的にその課題がどうなったかという点を重視する考え方のことである。企業の人事考課方針などに使用される。

目次

[編集] 『成果主義』と他の主義の違い

成果主義に対する用語としては、過程主義、努力主義、能力主義、実力主義などがある。 日本においては、"成果を出す=能力が高い"という考え方が根強いことから、成果主義と能力主義が混同されることがあるが、能力主義とは結果に結びつかない潜在能力をも評価対象にするものであり、概念上は全く異なる。

成果主義と類似の意味を持つものとして結果主義がある。成果主義も結果主義も、ある課題の最終的な状態を重視することにかわりないが、結果主義の方が過程や最終状態の妥当性を考慮せず、成績の数値などがより単純に反映されるニュアンスが強い。

人事考課(評価)上の成果主義とは、従業員など個人の仕事の成果を昇進や昇給の基準とするものであり、一定の職務をこなすことができる能力(職能)を基準とする職能主義と対比されるものである。年功序列制度は職能主義を前提にしていることが多いため、成果主義の反対概念と捉えられることも多い。

[編集] 人事評価への成果主義適用状況

欧米では成果主義による評価システムが主に用いられてきた。これに対し、日本では職能主義が中心である。

1995年以降は、長期不況によるリストラの一環で、成果主義を取り入れる企業が増えてきた。その背景には、従来の終身雇用や年功序列といった職能主義の基盤を成してきた制度が崩壊してきたことがある。

多くの企業が成果主義を人事評価に取り入れてきたが、拙速な導入にともなう問題や、成果主義に伴う問題(後述)があり、2000年頃からは、成果主義の事実上の失敗が明るみに出たことにより、導入した企業が次々と成果主義の廃止・見直し・調整の動きを進めている状況である。

なお、欧米では日本より先に成果主義による人事評価の事実上の失敗を教訓として、現在では成果主義を導入している企業はほとんどないと言われている。

[編集] 成果主義の利点

成果主義を肯定的に扱い、あるいは推進する立場にある者からは、利点として以下のようなことが挙げられていた。

[編集] 評価の公平性

工場における製品の大量生産が重視された頃は、生産量と時間の間には関連があったことや、大規模な組織単位での労働が主であったことから、時間制や年功序列の意義が大きかった。だが、第三次産業、特にITに代表される知識産業においては、生産性は時間ではなく、個人や組織の能力に依存するものである。
従って現在では、時間ではなく、能力を発揮した結果である「成果」で査定を行う方法こそが望ましく、誰にとっても公平である。

[編集] 労働意欲の向上

成果主義により、向上心がある人は、より自分を高めようと努力する。
残した「成果」の高い人が、「成果」の低い人よりも多くの仕事をしている(成果をあげている)にも拘わらず、給与面での差が小さい場合、不満につながり、結果として生産性が落ちる可能性があるが、「成果」で給与を査定することにより、高い生産性を維持できる(と期待される)。

[編集] 経営合理化の推進

経営者にとっては優秀な従業員を優遇する事で勤務の意欲を伸ばせる一方、評価の低い従業員には収入面での不利を通じて退職を促し、総じて人件費の抑制や効率的な運用に繋がる。また、評価を値として記録してゆくことで、評価の低い従業員に対して自身の成果の評価を突きつける事で退職を促す、あるいは合理化や組織改変による人員整理で解雇対象とした際にその理由付けができる。

[編集] 成果主義の問題

成果主義はもともとであれば、上記のように若年者でも目に見合える成果を上げさえすれば現状の給料にプラスされる形で還元される一方、見える形での成果を示せないとプラスにはならない。また、年長者でも成果を見せることができなければ給料が据え置きになることで、若くても目に見える成果を出すことに成功すればそれだけ報われる社会が期待されていた。

しかし成果主義に対して懐疑的、あるいは否定的な立場の者からは、以下の様な問題に対する提起がなされている。

[編集] 人件費のパイの固定

企業は目標利益が年初に確定しているため、総人件費はほぼ固定的な設定となっている。従って、各個人の査定は、目標設定どおりの100%の成果を挙げれば「平均点」、少しでも欠落すれば「減点」、予定どおり100%の成果を挙げてなおかつ新たな目標をも達成したものが若干の評価を受けるのみである。
結果として特に日本の成果主義は従業員の意欲や能力を伸ばすものではなく、企業の「人件費抑制策」としてのみ使用されているのが実態である。

[編集] 過程の軽視

成果が出れば、手段は選ばないという考えで違法行為や触法行為、社会通念からの逸脱が行われることがある。
もっとも、大企業では、成果主義をとっていても、過程の適切さは最低限の要件としている企業が多い。

[編集] 成果測定の問題

[編集] 本人以外の要因

経営上の判断結果として[1]、受注段階から赤字となる(すなわち業務成績上の失敗が確定している)業務プロジェクトがしばしば発生する。その担当者は、個々人のいかなる結果の創出にもかかわらず、プロジェクトそのものが失敗であるために評価を落とされる可能性が非常に高い。特に日本ではこのあたりの取引が所属している部門の外からの横槍によるものも多いため、評価指標の再検討が困難であり、すなわち「貧乏籤を引かされた」状況になる。また、失敗プロジェクトの後始末要員についても、評価が非常に難しいため同様の問題がしばしば発生している。
また、結局は人間が人間を評価するものである以上、業務上の考え方の対立などから上司など評価する側との人間関係に齟齬が起きると、これにより不当に評価を落とされるなどの問題が発生する事は、従来の職能主義となんら変わらず、逆に職能主義よりも低評価が解雇に直結しやすいだけに、評価される側にとっては人間関係の問題はより深刻なものとなる。

[編集] 指標設定

何をもって成果とするかを定めるのは簡単ではない。指標が有効であるためには、個人の努力により達成可能であり、かつその指標の達成が会社の業績と連動している必要がある。営業職などは比較的に成果を数字で表しやすいが、人事・経理などの間接部門では有効な指標が存在していないのが実情である。また、長期的な業績を左右する基礎研究については評価が極めて難しい。
また、人事課や総務課が評価を行う場合、他部署の評価が厳しくなる一方で、身内である同課内の評価が甘くなるなどの不公平の存在は大企業でも少なからず見られ、これが他部署の人員からの潜在的な不満を発生させる要因となる事も多い。

[編集] 目標の短期化

多くの企業では成果を1ヶ月~半年程度の期間毎に評価する。その為、金額や数値など目に見える形の成果が期間内に確実に出せる課題が優先され、長いスパンで取り組むべき課題や大型プロジェクトが軽視・忌避される傾向がある。
この結果として、業績が一時的には上がるものの、長期的に見た場合、技術開発力・競争力が基礎的な部分から失われてゆきジリ貧傾向に陥ってゆく。また、大型・長期プロジェクトを行う事によってのみ培う事が可能なノウハウや人間関係が社内から失われるなどの弊害が発生する。
特に開発部門においては、新技術ではあるが、短期的な成果や利益に直結しないために低い評価しかされない様な研究に携わる者が意欲を失い、会社には意図的に開発不調などと報告しつつも内密にノウハウをまとめ、目処が付いたところで退職し、その後独立してしまったり、ライバル企業にそのノウハウを売り込んで転職する様な問題も発生する。
問題への対処としては、評価期間を調整する、作業の途中経過や基礎的な新技術の開発を成果として評価するなどといった方策を行う事が求められる。だが、その場合、実際に売上などという形で成果を数字で出した者との評価方法の相違がまた新たな火種になる可能性がある。

[編集] 目標の矮小化

成果が常に求められるため、研究開発など試行錯誤が求められる分野で、確実に成果を残せる取り組みだけが優先され、各種リスクを伴う様な積極的な挑戦が行われなくなることがある。成果を「目標に対する達成度」として定義している企業では、同様の理由で設定される目標が小さくなってしまい、社内の活気が失われてしまう。
また、「ノルマを堅実に毎期達成できる人間こそが優秀」という風潮になると、プロジェクトなどでも初期段階でリスク可能性を判定し、あらゆるリスクを徹底的に排除するシステムが構築される事もある。結果として、多少のリスクを侵してでもビッグヒットを狙おうというプロジェクト自体が作れなくなり、(省エネエコロジーなどの時代に見合った方向性を別とすれば)画期的な新機軸などを織り込んだ新製品が作り出せなくなる。
大きな成功となった新製品・新技術にはそれに見合う報酬を与えたり[2]、難航・失敗時にも行った努力に対する成果を認めるように調整を行うことで、この問題の解決は図る必要がある。
成果がすぐ分かる開発部門の担当者はともかく、成果のわかりにくいアフターケアなどの担当者はいくら会社の利益が上がろうと給料に還元されにくくなる。
また、アフターケアの対応処理についても、目に見えにくい内容や顧客満足度ではなく、数字で判る処理件数を成果評価の最重要対象としている様な企業では、処理件数を至上とする状態となり、成果主義がアフターケアの質的向上に繋がらなくなる。

[編集] 個人主義の蔓延

個人に成果を求めすぎると、部署の実績よりも個々が自身の成果達成のみを優先させる様になり、かえって組織の利益を著しく損ねる場合がある。他人の作業に非協力的になったり、ひどくなると部署内で足を引っ張り合ったりするのが典型的問題である。成果ばかりを追求し過ぎた結果、上司の命令が蔑ろにされるなどして内部統制に支障をきたす場合もある。
また、部下や後輩の育成が評価の対象にならず、むしろ後続のライバルを伸ばすだけになるため、その様な事がおざなりになる。さらに進むと、「自分が先輩に育てられなかったので、後輩の育て方がわからない」「先輩は自分を育ててくれなかった。地位は自分の能力と努力で成果を残して掴むもの。評価査定のライバルにしかならない後輩をわざわざ育てる気はない」などという管理職まで現れる様になり、企業の人材育成能力にも多大な悪影響を及ぼす様になる。
これらの問題を解消する手段として、個人の評価を部署全体の業績評価と連動させる、管理職の能力評価に部下の業績評価を連動させる、部内の協力を評価項目の一つにするなどの工夫が行われているが、その場合個人への成果配分をどうするかも問題である。

[編集] 従業員の定着率低下

成果主義の厳格な運用、あるいは意図的な適用が行われていると、成果主義が成績・給与に反映されにくい、あるいはそもそもノルマの達成が困難な部門などで、非正規雇用も含む従業員の短期間での離職が増加し、定着率が低下する事も起き得る。結果、従業員の入れ替わりが激しくなり、従業員の数的な確保はもとより、業務に必要なスキルと経験を持つ従業員の確保に苦しむ状況となる事がある。
ノルマを達成できない(主に非正規雇用の)従業員を、人事担当部門が現場の現状も見ずに成果数値のみで「成績不良」という理由で解雇する事を繰り返している場合、現場の人材不足に自らさらに拍車を掛ける事態となる。
また、地元地域で主に元従業員などにより、「○○部門に配属されたら潰される」「○○部門に配属されたら鬱病になる前にさっさと逃げ出せ」などという、いわゆる「ブラック企業」的な悪評が立ってしまう事もある。

[編集] 若年層の保守化・安定志向

上記の様な問題点にくわえ、労働者派遣等の不安定な雇用形態の拡大や中流層の崩壊を目の当たりにした、就職氷河期より後の世代には、成果主義を忌避し、安定的な年功序列・終身雇用を求める風潮が根強く見られる様になっている。[1]

[編集] 運用上の問題

表面的には成果主義を標榜しておきながら、実態は年功序列型であるような場合などが、これに該当する。
例えば日本は労働組合が強く[要出典]、なおかつその構成員が40代以上の社員が多くを占めてる[要出典]。そのため、労働組合との兼ね合いで40代以上(おおよそバブル世代より上の世代)の給料は下げにくい傾向にある。成果主義を行う場合、多くは対象が氷河期世代以降に偏っており[要出典]、結果的に若年者の給料やポストの昇進を妨げている一方で、年長者は給料やポストを維持している。これが80年代までの年功序列型であれば、若年者も将来は高給を得られる保証があるため見通しが立てやすかったが、成果主義のために数十年後に高給を得られるか、そもそも企業で生き残れるか保証がないため、少子化を促進させる原因にもなっている[要出典]
また、「出る杭は打たれる」的な要素、即ち、横並びを善とする文化や概念も、成果主義を採用しているにも関わらず成果の出し方が難しいという矛盾した状態を生み出すことがある。
また、人件費削減の方策として、「年功序列の撤廃」により、30代前半の社員をほとんど全員「部下のほとんど居ない管理職」に昇進させることで、労働組合が介入できない状態(残業手当が付かない裁量労働制・労組が賃金交渉に参加できない月俸制)に置いた後、「成果主義」により査定を大幅に落とし、平社員より低い給料とする会社も存在する。
このような場合、会社は「管理職への昇進は本人の同意を示す同意書が必要である」と主張することが多いが、実際は、収入が下がると解っていても、管理職昇進を拒むと同期社員の支配下に置かれるため、実質的には同意書を提出せざるを得ない状況であることが大半である。

[編集] 文化上の摩擦

年功序列型の人事評価では年齢と勤続年数により職位が決まることが普通のため、年長の管理者と年少の部下という組み合わせが一般的であったが、成果主義の下では、成果を上げた年少の従業員が年長従業員を部下に持つことも珍しくない。長幼の序を重んじる文化風土からは、こうした逆転現象が従業員のストレス原因となることがある。
また人間性や思考においてまだ未熟な年少者や、「所持技術や営業成績などの『成果主義での成績』は極めて優良であるが、人間性・性癖に問題がある人物」が上司の立場となると、年上の部下を持つ事で優越感を持ち、これが職場いじめパワーハラスメントなどが社内で横行する要因となり、従業員の定着率の悪化や人材流出など少なからぬ問題の主要原因となったり、さらには社内外で大きなトラブルを引き起こして訴訟沙汰に発展するケースも見られる。

[編集] 社内風土の荒廃

上述した様な要素が複合したり、他にも、成果主義を上層部が追求し過ぎたり、成果要求を厳しくした結果、それまでは「会社の発展が自分の収入増にも繋がる」という理念で一枚岩の結束を誇った社内の風土が荒廃してゆき、同じ企業グループ内どころか社内の部署間でも顧客の奪い合いや相互不信が起こり、さらには人事派閥抗争が起きてしまう企業も見られる。これによって、全社規模で保有しなければならない業務上必須の重要情報の共有も行われなくなる事も見られる。
社内の雰囲気が荒んでくると、新規従業員にもこれを嫌われて、短期間での離職率が大幅に上昇するばかりか、成績優秀の従業員も後続が続かないためにさらに負担が大きくなる事で見切りを付けられ、ヘッドハンティングなどで競合する企業に次々と転職してしまう、さらには独立して競合企業を立ち上げられてしまうなど、技術・人材(有資格者)の社外流出が起きる事もある。このため、成果主義がかえって経営破綻の遠因になったと言われる企業も存在する[3]

[編集] リスク要因の増加

成果主義では個人に掛かる負担と責任が大きくなる。そのため、従業員の残業や自宅作業が増加するなど、従業員の労働管理が難しくなる。一方で実績や評価が得られていない場合や不当に低いと感じた場合、これに絶望する者が出る場合もある。そのため、企業にとっても従業員の過労死自殺鬱病・職場放棄・成人病増加などの潜在的なリスク要因が増加する事がある。また、過労死やパワーハラスメントなどの問題が実際に発生した場合、当事者や遺族から民事訴訟を提起されるリスクもある。企業が訴訟の被告に直接ならなくとも、国や労働基準監督署を相手取った労働災害認定を求める訴訟が起こされる事もある。
これがテレビのニュースなどで大きく報道されると、マスコミの取材は原告側の立場から成果主義を否定的に取材したものが中心となるため、企業イメージにとって大きな瑕疵となってしまう。
この他、問題が表面化した際に企業上層部が不適切な対応を取ってしまうと、ニュースや労働問題を扱うホームページやBBSなどの不特定多数のインターネットコミュニティから、『ブラック企業』『成果主義で従業員を殺した会社』などの烙印を押される事に繋がる。さらには、これがやがて検索エンジンで企業名を検索した際に出てくる様になる事で、やはり企業イメージを損ねる、就職希望者の企業に対するイメージを悪化させる事に繋がる。


[編集] 関連項目

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 長期的な利益が期待できる事業の新規受注の見返りなどが判断の要因となる。
  2. ^ 発光ダイオード訴訟の項目を参照のこと。
  3. ^ 顕著な例としては、ノウハウを取得した営業担当者が独立し、新たに多くの同業者が作られた事で、これとの競合が経営破綻の要因の一つとなった新興産業がある。