武島羽衣
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武島 羽衣(たけしま はごろも、明治5年11月3日(1872年12月3日) - 昭和42年(1967年)2月3日)は日本の詩人、国文学者、作詞家。宮内省御歌所寄人。本名・武島又次郎。
[編集] 来歴・人物
東京府尋常中学、一高を経て、明治26年(1893年)に東京帝国大学文科大学(現在の東京大学)国文科入学し黒川真頼、物集高見らに師事。1895年には創刊された『帝国文学』編集委員となり、詩や文章などを発表。詩『小夜帖』が高山樗牛から絶賛されたことにより、彼の詩人としての名声が高まった。1896年に卒業後、大学院に進学し上田万年に師事する。その後、東京音楽学校(現在の東京芸術大学)などの教授を務めた。1910年から1961年まで日本女子大学で教鞭をとり、同時期に聖心女子大学実践女子大学でも国文学を講じるなど女子教育に尽力した。 練馬区小竹町の自宅にて死去。享年94。墓地は東京雑司ヶ谷霊園にある。
田中穂積作曲の「美しき天然」、滝廉太郎の歌曲「花」の作詞も行なった。
[編集] 主要著書
- 『修辞学(帝国百科全書第11編)』(博文館、1900年)
- 『教育勅語唱歌』(大倉書店、1900年)(小山作之助と共著)
- 『地理教育 東京唱歌』第1,2編(大倉書店、1900年)(小山作之助と共著)
- 『霓裳歌話』(博文館、1900年)
- 『美文韻文 霓裳微吟』(博文館、1903年)
- 『文章入門』(大倉書店、1907年)
- 『美しき道』(美しき道刊行会、1953年)

