東ティモール独立革命戦線

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東ティモール独立革命戦線(FRETILIN)の党旗

東ティモール独立革命戦線は、東ティモール左翼政党。独立以来、2007年まで政権与党だが、現在は野党。党首ル・オロ、書記長マリ・アルカティリ

[編集] 党名

  • ポルトガル語ではFrente Revolucionária de Timor-Leste Independenteで、略称はFRETILIN
  • 英語ではRevolutionary Front for an Independent East Timor
  • 日本語でもポルトガル語の略称にならい、フレティリンという呼称を用いることが多い。

[編集] 現況

最初はポルトガル統治からの解放からを目指した組織だったが、1975年からはインドネシアに対する武装闘争を展開。1998年にインドネシアから分離すると、FRETILINは政党となる。かつては、2001年の制憲議会選挙では88議席中55議席を得るなど、国民の支持も厚かった。2002年5月20日東ティモール民主共和国独立に伴い、当時の党書記長であったマリ・アルカティリが実権者たる首相に就任した。 初の選挙は、独立の前の2001年に開催されて、FRETILINは票の57.4%を得て、議会(当時は88議席)で55議席を獲得した。しかし圧倒的多数ではあるが、国家憲法作成に一方的に影響を与える3分の2の議席数には若干及ばなかった。

2007年6月の議会選挙では、FRETILINは65議席中21議席と大幅に議席を減らしてしまった。これは前大統領シャナナ・グスマン東ティモール再建国民会議(CNRT)を結成して選挙に挑んだからにほかならない。そして、CNRTは18議席を獲得し、第2党に躍進した。しかしマリ・アルカティリ書記長は、ラモス・ホルタ大統領による挙国一致内閣の構想に対して異を唱えた。それは、かつてアルカティリが首相だった時に遡るグスマンとの確執によるものと、議席数において圧倒的な差がついていなかった為と思われる。だがCNRT率いる野党連合とFRETILINは、何週間も論争を繰り返したが合意には至らなかった。これによりラモス・ホルタ大統領は、野党4党による連立政権を組閣することを決断。8月6日にグスマン党首を首相に指名し組閣を指示、8月8日にグスマンは首相に就任した。これに対して、第1党から首相を選出するとする東ティモールの憲法に違反するとして、アルカティリが法的手段で闘うと述べ、FRETILINはラモス・ホルタ大統領の決定を非難した。

なお武闘派のイメージが強いにもかかわらず欧州型中道左派社会民主主義政党の国際組織である社会主義インターナショナルに加盟している。