徳川宗尹

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
徳川 宗尹
時代 江戸時代中期
生誕 享保6年7月16日1721年9月7日
死没 明和元年12月22日1765年1月13日
改名 小五郎(幼名)→宗尹
戒名 覺了院殿冬巖性達大居士
官位 従三位 参議
権中納言
氏族 徳川氏一橋徳川家
父母 父:徳川吉宗、母:深心院
兄弟 家重宗武源三宗尹
正室:深達院一条兼香女)
松平重昌仙之助松平重富治済黒田治之鎌三郎金次郎保姫島津重豪正室)

徳川 宗尹(とくがわ むねただ)は、江戸時代御三卿の一つ一橋徳川家の初代当主。

江戸幕府8代将軍徳川吉宗の四男。母は側室深心院。11代将軍家斉は孫、12代将軍家慶は曾孫、13代将軍家定、14代将軍家茂は玄孫にあたる。

享保20年(1735年)、3万俵を賜り別家して一橋徳川家を創設した。順次加増され、延享3年(1746年)には10万石となった。明和元年(1764年)、44歳で死去した。跡を四男の治済が継いだ。

経歴[編集]

※日付=旧暦

  • 1735年享保20年)9月23日 - 元服して宗尹と名乗り、徳川姓を称する。従三位左近衛権中将兼刑部卿に叙任。3万俵を賜る。
  • 1737年元文2年)10月18日 - 2万俵の加増。
  • 1740年(元文5年)11月18日 - 江戸城一橋門内に邸を賜り、1万俵加増。
  • 1741年寛保元年)11月25日 - 一橋邸を定住とする。
  • 1745年延享2年)11月2日 - 参議に補任。
  • 1746年(延享3年)9月15日 - 10万石を賜る。
  • 1764年明和元年)12月22日 - 薨去。法名は覺了院殿冬巖性達大居士。
  • 1770年(明和7年)10月4日 - 贈権中納言

宗尹が登場する作品[編集]