奪衣婆
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奪衣婆(だつえば)は、三途川(葬頭河)の渡し賃である六文銭を持たずにやってきた亡者の衣服を剥ぎ取る老婆。脱衣婆、葬頭河婆、正塚婆(しょうづかのばば)とも言う。奪衣婆が剥ぎ取った衣類は、懸衣翁という老爺によって衣領樹にかけられる。衣領樹に掛けた亡者の衣の重さにはその者の生前の業が現れ、その重さによって死後の処遇を決めるとされる。
俗説ではあるが、奪衣婆は閻魔大王の妻であるという説もある。
江戸時代末期には民間信仰の対象とされ、奪衣婆を祭ったお堂などが建立された。民間信仰における奪衣婆は、疫病除けや咳止め、特に子供の咳止めに効き目があるといわれた。東京都世田谷区の宗円寺、新宿区の正受院が奪衣婆を祀る寺として知られる。正受院の奪衣婆尊は、咳が治ると綿が奉納され、像に綿がかぶせられたことから「綿のおばあさん」「綿のおばば」などとも呼ばれた[1]。
[編集] 脚注
- ^ 宗教民俗研究所編 『ニッポン神さま図鑑』 祥伝社〈祥伝社黄金文庫〉、2003年、64-65頁。ISBN 978-4-396-31337-1。