大鳥井山遺跡

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大鳥井山遺跡(「おおとりいやまいせき」)は、かつての出羽国のうち横手盆地の中部、現在の秋田県横手市に位置する平安時代遺跡山城)で、国の史跡に指定されている。

大鳥井柵跡(「おおとりいさくあと」)とも言われる[1]

平安時代の豪族出羽清原氏清原光頼大鳥山太郎頼遠)の居城と伝えられている[2]

沿革[編集]

発見・調査[編集]

旧・横手市が、横手市新坂町・大鳥町に総合運動公園の整備を計画し、その調査の過程で当遺跡の存在が明らかになった。1977年昭和52年)から1983年(昭和58年)までの約7年間にわたり、発掘調査が行なわれた[3]

その後、旧・横手市が周辺町村と合併して現在の横手市となった後の2009年平成21年)までの3年間の再調査を経て、2010年(平成22年)に国の史跡に指定された[3][4]

現況[編集]

旧・横手市により、その大部分に当初の計画通り、遺跡を埋め戻して運動広場テニスコート・屋外プールなどが整備され[5]、また一部は宅地になっている[1]ので、一部を除いて直接目にすることができなくなっている。

立地[編集]

旧・横手市の市街地北部、横手川とその支流である吉沢川の合流点東側に位置する。子吉山および大鳥井山という2つの小独立丘陵に立地し、川の水面からの比高は約20mである[3]

規模・構造・出土品[編集]

  • 南北方向に680m、東西方向に200mに広がっている[3]
  • 川に面していない三方向を土塁で囲んだ構造である[3]
  • 外側から内側に向って土塁 - 空堀 - 土塁 - 空堀の順で、最大の空堀は幅10m・深さ3mにも及ぶ[3]
  • 空堀の内側には柵列が見られ、この柵に沿って物見櫓と思われる建物跡が確認されている。また外側の堀に土橋が架かっていた場所が特定された他、掘立柱建物跡や竪穴住居跡等が発見されている[4]
  • 東北地方(特に日本海側)では希少とされる、10世紀後半から12世紀にかけての遺物が出土している[4]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 大鳥井柵跡(秋田県遺跡地図情報)”. 秋田県教育庁. 2012年3月23日閲覧。
  2. ^ 文化財の国指定について 史跡大鳥井山遺跡の指定 (PDF)”. 秋田県教育庁. 2012年3月23日閲覧。
  3. ^ a b c d e f 山城の出現、200年遡る 11世紀の秋田・大鳥井山遺跡”. 朝日新聞 (2010年3月2日). 2012年3月23日閲覧。
  4. ^ a b c 大鳥井山遺跡(横手)”. 横手市 (2011年10月17日). 2012年3月23日閲覧。
  5. ^ 大鳥公園(運動広場、テニスコート、プール)”. 横手市 (2011年11月17日). 2012年3月23日閲覧。

関連項目[編集]

座標: 北緯39度19分43.59秒 東経140度33分50.11秒 / 北緯39.3287750度 東経140.5639194度 / 39.3287750; 140.5639194