大西巨人
| 大西 巨人 (おおにし きょじん) |
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|---|---|
| 誕生 | 1919年8月20日(92歳) |
| 職業 | 小説家・評論家 |
| 言語 | 日本語 |
| 国籍 | |
| 最終学歴 | 九州帝国大学文学部中退 |
| 活動期間 | 1949年 - |
| ジャンル | 小説・評論 |
| 代表作 | 『神聖喜劇』 (1978年) 『三位一体の神話』(1992年) |
| 処女作 | 『精神の氷点』(1949年) |
大西 巨人(おおにし きょじん、1919年(大正8年)8月20日 - )は、福岡県福岡市出身の小説家・評論家。福岡中学(現:福岡県立福岡高等学校)卒業、九州帝国大学文学部中退。元毎日新聞社記者。本名は同じく「巨人」と書いて「のりと」。非常に硬質な文体と姿勢で知られる。
目次 |
[編集] 人物
1950年代前半には新日本文学会の事務局に勤務し、会の組織再編を担当しながら評論を書く。このとき、会再編の方法と評論のなかでの野間宏『真空地帯』への評価をめぐって宮本顕治と論争する。『真空地帯』批判論文の標題「俗情との結託」は今日では文芸批評用語として定着している。
太平洋戦争中に徴兵され、対馬要塞に配属された。このときの経験を基に、戦前の日本軍を舞台にした大長編小説『神聖喜劇』を著す。この作品には、野間の『真空地帯』が日本軍隊を描ききっていないという巨人の問題意識が反映している。最初は雑誌『新日本文学』に掲載されたが、巨人が新日本文学会を退会したために最後のほうは書き下ろしで刊行された。この題名はダンテ・アリギエーリの『神曲』原題、La Divina Commedia(神聖なる喜劇)から採ったものである。
息子の大西赤人と大西野人が血友病を患っていたため、1980年に渡部昇一が「遺伝子疾患を持つ者は子供を産むことを未然に避けるべきだ」と主張し、いわゆる「神聖な義務」大論争が起きた。この論争については、北村健太郎の「神聖な義務」が詳しい。
また1992年には、異色の推理小説『三位一体の神話』を発表。多くの書評や批評が本書を「モデル小説」と見なしたうえで、登場人物の「尾瀬路迂」を巨人、「葦阿胡右」を井上光晴だと考えた。路迂は、真の小説家であり極端に潔癖な人間として描かれ、一方、胡右は、売れる小説を書く俗物であり卑劣な人間として描かれているため、論争を呼んだ。その後も『迷宮』『深淵』と社会派推理小説のタッチを援用した文学的なミステリを上梓している。
[編集] 著作
[編集] 小説
- 精神の氷点(中編集) 改造社 1949年4月、のちみすず書房
- 神聖喜劇(長篇・全五巻) 光文社 1978年7月~1980年4月 のち文春文庫、ちくま文庫、光文社文庫
- 天路の奈落(長篇) 講談社 1984年10月
- 地獄変相奏鳴曲(長篇) 講談社 1988年4月
- 三位一体の神話(長篇・上下巻) 光文社 1992年6月 のち文庫
- 五里霧(連作短篇集) 講談社 1994年10月 のち文藝文庫
- 迷宮(長篇小説) 光文社 1995年5月 のち文庫
- 二十一世紀前夜祭(短篇集) 1994年10月
- 深淵(長篇・上下巻) 光文社 2004年1月 のち文庫
- 縮図・インコ道理教(中篇) 太田出版 2005年7月
- 地獄篇三部作(長篇)(作中に『精神の氷点』併録・『地獄変相奏鳴曲』の第一章である「白日の序曲」を収録) 光文社 2007年8月 のち文庫
[編集] 評論
- 戦争と性と革命 三省堂 1969年10月
- 巨人批評集―文芸における「私怨」 秀山社 1975年8月
- 巨人雑筆 講談社 1980年12月
- 大西巨人文藝論叢(上巻)俗情との結託 立風書房 1982年9月
- 大西巨人文藝論叢(下巻)観念的発想の陥穽 立風書房 1985年5月
- 運命の賭け 晩聲社 1985年10月
- 遼東の豕 晩聲社 1986年11月
- 巨人の未来風考察 朝日新聞社 1987年3月
- 大西巨人文選(全四巻) みすず書房 1996年6月~1996年8月
- 1 新生 1946‐1956
- 2 途上 1957‐1974
- 3 錯節 1977‐1985
- 4 遼遠 1986‐1996
[編集] 編著
- 兵士の物語―軍とは、兵士とは何であったか 立風書房 1971年3月
- 日本掌編小説秀作選(上巻〈雪・月篇〉/下巻〈花・暦篇〉) 光文社 1981年4月 のち文庫
- 春秋の花(詩歌) 光文社 1996年4月 のち文庫
[編集] 漫画化
[編集] シナリオ化
[編集] テレビ番組
[編集] 外部リンク
- 巨人館(公式サイト)
- 自筆文章のいくつかをPDFで公開している。
- 大西巨人研究サイト『神聖記』