中村直 (DJ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
中村 直
基本情報
別名 NAO NAKAMURA、BAD ATTITUDE
出生 4月11日(生年未記載)
出身地 日本東京都世田谷区
死没 2014年1月17日
ジャンル ハウス、ダンスミュージック全般
職業 DJプロデューサー
活動期間 1981年-2014年

中村 直 (なかむら なお、4月11日 - 2014年1月17日)は、東京都世田谷区出身のハウス・ミュージックDJ音楽プロデューサーである。80年代初頭より、新宿ツバキハウスにてDJ活動をはじめ、その後、活躍の場を広げ、ニューヨークの最先端のクラブミュージックシーンにおいても才能を認められ、伝説的なクラブ『TRACKS』や『THE SAINT』のレジデントDJに日本人としてはじめて抜擢される。帰国した後もクラブカルチャーシーンの中心人物として活躍し、伝説的な存在となった。

来歴[編集]

1981年、日本のディスコブームにおいて代表的な東京都新宿ディスコツバキハウス』にてDJ活動を始める。 その後、六本木などのディスコでも精力的に活動を開始する。

1984年、単身ニューヨークに渡り、当時のNYの最先端のクラブカルチャーシーンに触れ、大きな影響を受ける。その一年後より、拠点をNYに移し、Frankie Knucklesフランキー・ナックルズ)ら当時のシーンのアーティストらと交流を深め、そのあきらかな音楽性を認められ、『TRACKS』や、当時N.Y.で 「Paradise Garage」と人気を二分していた伝説的なディスコ『THE SAINT』のレジデントDJとして日本人で初めて抜擢されることになった。その後、約10年間をN.Y.クラブカルチャーシーンの最前線で活躍し、1988年『THE SAINT』の閉店に伴い、港区芝浦のディスコ『GOLD』の創立メンバーとして企画に携わるために帰国。

以降、Yellow、Liquid Room、Code等、多数のクラブで活動し、『CLUB LOVELY』『THE PRIVATE PARTY』『HITS』など数々の時代を築いたパーティーのプランナー、レジデントDJを勤め、クラブミュージックシーンの中心人物として活躍し、ダンスミュージックシーン全体に大きな影響を与え、伝説的な存在となった。

2011年にDJ活動30周年を迎えた[1]

リミキサーとしても、BAD ATTITUDE名義で「PUFFY」「Every Little Thing」「HΛL」、エンジニアの池淵秀一(BEAT CIRCUS)とともに「浜崎あゆみ」などの楽曲を手がけた。

また、ゲイであることをカムアウトしたオープンリーゲイとして知られ、 GOLDで開かれた『PRIVATE PARTY』は1000人以上の箱としては初のゲイパーティーだった。90年代ゲイブームの端緒でもあった「クレア」1991年2月号の「ゲイ・ルネッサンス’91」にもオープンリーゲイとして登場していた[2]

2014年1月17日午前2時40分過ぎに心筋梗塞により死去[3]

参照文献[編集]

  1. ^ NAO NAKAMURA “DJ 30th Anniversary Party””. クラブミュージック情報サイト HigherFrequency. 2013年5月5日閲覧。
  2. ^ 2014年1月20日gladxx「【訃報】DJの中村直さんが急逝」。
  3. ^ 伝説的DJの中村直さんが心筋梗塞により死去 とれたて!ニュース解析 2014年1月20日。

外部リンク[編集]