三式12cm高射砲

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三式12cm高射砲.jpg
三式12cm高射砲
使用勢力 大日本帝国陸軍
採用年 1943年(昭和18年)
口径 120mm
砲身長 6,710mm(56口径)
初速 853m/秒
最大射程 20,500m
最大射高 14,000m
重量 19.80トン
製造数 約120門

三式12cm高射砲(3しき12せんちこうしやほう)は太平洋戦争中の1943年昭和18年)に制式化された日本陸軍高射砲。量産された高射砲の中で、一万m以上の高高度を飛ぶB-29に対抗できた数少ない高射砲である。約120門が生産された。正式には三式十二糎高射砲である。

開発[編集]

第二次世界大戦に突入すると航空機が急速に発達し、高高度での作戦行動可能な爆撃機が次々と登場したため、それに対応するため海軍の技術協力から艦船に搭載されていた八九式十二糎七高角砲を参考に開発された。十四年式10cm高射砲よりさらに大きい口径の砲を持っているがそれは、

  • 中口径の砲では高高度まで砲弾を上げるのに限界がある
  • 初速を上げなければ高高度まで到達できないが、口径の小さい砲では初速が高すぎると砲身寿命が短くなる
  • 威力の向上

などの理由によるものである。

本砲は要地防空が目的のため固定式だが、それにより

  • 電気式で高性能な高射照準具(算定具)の装備
  • 自動装填装置の装備
  • 従来の歯車式の人力操作と違い海軍式の電動モーター駆動の水圧伝導機による迅速な操作が可能
  • 信管は時計式の機械信管を採用

など、それまでの野戦高射砲とは歴然とした性能差をもつ高射砲となった。

運用[編集]

三式高射砲は、東京大阪神戸北九州八幡製鉄所、軍需工場などの重要都市・施設、さらには南方最大の石油基地パレンバンにも配備され、東京に配備されたものは高高度を飛行するB-29を10数機撃墜するなど奮戦した。しかし、絶対的な数量を揃えることができなかったため、大部分の高射砲部隊は依然として八八式7.5cm野戦高射砲九九式8cm高射砲が主力のままだった。

現存砲[編集]

現存砲の砲身
現存砲の砲口

横浜環状北線の土壌調査が行われていた横浜市子安台公園から、2008年1月に砲身が出土した。この砲身は、千葉市陸上自衛隊高射学校下志津駐屯地)構内に保管展示されている。

要目[編集]

  • 口径120.0mm
  • 砲身6.71m
  • 初速853m/秒
  • 射程20500m
  • 射高14000m
  • 重量19.80t

関連項目[編集]

外部リンク[編集]