ルイ・ド・ギュイエンヌ

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ルイ・ド・フランス(Louis de France)またはルイ・ド・ギュイエンヌ(Louis de Guyenne, 1397年1月22日 - 1415年12月18日)は、フランスシャルル6世と王妃イザボー・ド・バヴィエールの息子。シャルル6世はシャルル7世を含めて5人の息子を王太子(ドーファン)に立てたが、ルイは3人目の王太子である。ただし、ルイの兄である最初の2人の王太子(いずれもシャルルと名付けられた)は共に幼少時に死亡している(1386年、1392年 - 1401年)。ルイはまたギュイエンヌアキテーヌ)公にも叙せられていた。

1412年にブルゴーニュジャン無畏公の娘マルグリットと結婚したが、1415年に18歳で早世し、子供を残さなかった。マルグリットはその後アルテュール・ド・リッシュモンと再婚している。新たに王太子に立てられた弟トゥーレーヌ公ジャンもほどなく死去し、次の弟シャルルが最後の王太子となった。

シェイクスピア戯曲ヘンリー五世』ではアジンコートの戦いにおけるフランス軍の指揮官の一人として登場するが、実際には父シャルル6世の許にとどめられ、戦いには参加していない。ルイの死はその約2ヵ月後のことである。

先代:
シャルル
フランスのドーファン
1401年 - 1415年
次代:
ジャン