ジャンヌ・ド・フランス (1391-1433)

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ジャンヌ・ド・フランス

ジャンヌ・ド・フランス (Jeanne de France、1391年1月24日 - 1433年9月27日)は、ブルターニュジャン5世の妃。フランスシャルル6世と王妃イザボー・ド・バヴィエールの娘。

ブルターニュ継承戦争ゲランド条約(1365年)の両方の結果としてパンティエーヴル伯家は劣勢であったが、彼らはブルターニュ公継承権をあきらめてはいなかった。彼らはジャン5世にシャトーソーの領地を与えるとする宴会を開いてジャン5世を招き、彼を拘束した(1420年)。パンティエーヴル家はジャン5世が死んだという噂を流し、毎日彼の居所を変えた。公妃ジャンヌ・ド・フランスはブルターニュじゅうの男爵たちに訴え、パンティエーヴル家が所有する城を一つずつ包囲していった。彼女は結局パンティエーヴル伯未亡人であるマルグリット・ド・クリッソンを捕らえ、ジャン5世を解放させた。

子女[編集]

1396年9月19日、ジャンと結婚して以下の子女をもうけた。

  • アンヌ(1409年 - 1415年)
  • イザベル(1411年 - 1442年) - ラヴァル伯ギィ14世の妻
  • マルグリット(1412年 - 1421年)
  • フランソワ(1414年 - 1450年) - ブルターニュ公
  • カトリーヌ(1417年 - 1444年)
  • ピエール(1418年 - 1457年) - ブルターニュ公
  • ジル(1420年 - 1450年)- シャントセ領主