リクビダートル

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リクビダートル: Ликвидатор ; Ликвидаторы Чернобыльской аварии)とは、1986年4月26日チェルノブイリ原子力発電所事故の処理作業に従事した人々。原語は清算人の意味で後始末を行う人を指し、しばしば清掃人、事故処理班、解体作業者、決死隊等と翻訳・説明される。

概要[編集]

リクビダートルの総数は60~80万人、そのうち1986年と1987年に作業にあたった約20万人が大きな被曝を受けたとされている。事故処理作業時の平均年齢は約35歳。ウクライナ、ベラルーシ、ロシアそれぞれでリクビダートルの国家登録が行われている[1]。ロシアに住むリクビダートルのうち65905人(平均被曝量120ミリシーベルト)を対象に1991年から1998年までを追跡した結果によると、その間の死亡は4995件(7.6%)であった[2]。ベラルーシでのある調査によると、地元一般住民に比べて結腸癌膀胱癌甲状腺癌がはっきりと過剰に発生している[3]

リクビダートルは、ソビエト連邦政府から表彰され、危険な労働の代償として、住居・高額の年金・無料の医療などが生涯保障された。ソビエト連邦崩壊の後、これらの特権は分離独立したウクライナロシアベラルーシの政府に引き継がれた。しかし、経済の低迷が続くなか、年金は大幅に目減りし、医療費は事実上自己負担を求められている。

ウクライナ放射線医科学研究所所長ブロディミール・ベベシコらは、ウクライナに住むリクビダートル20万人の健康状態を追跡調査。癌による死者の調査は、1992年から資金不足で打ち切られる2000年まで、9年間毎年行われ、リクビダートルの癌による死亡率は事故後年々上昇し、2000年には一般住民の3倍に達していたことがわかった。

国際原子力機関IAEAは世界各国から100人を超える科学者を招集し、チェルノブイリ原発事故の被害を客観的に評価する会議を開催、2005年9月、事故と健康被害との因果関係を限定的に見る報告書を発表した。「事故の死亡者が何万人、何十万人に上るという主張があるが、これは誇張である。多くは放射線の影響と言うより、貧困や医療の不備によるもので、酒の飲みすぎ、タバコの吸いすぎの方が問題である」、リクビダートルの死者について「被曝が原因で死亡した可能性があるのは50人」としている。この報告書に対して、各国の研究者から反論が相次いだ。

旧ソビエト連邦政府によってリクビダートルとその家族4万人のための集合住宅キエフに設けられた。事故から10数年以上たって、この集合住宅では病気で死亡する人が急増。移住してきた4万人は、2万人にまで減っている。[4]

参考資料[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 1995年時点の登録者数は約37万人--今中哲二「チェルノブイリ原発事故によるその後の事故影響」『技術と人間』1997年5月号
  2. ^ 今中哲二チェルノブイリ事故による死者の数」『原子力資料情報室通信』386号、2006年
  3. ^ チェルノブイリ原発事故後の傾向を示している国家ガン登録」" A national cancer registry to assess trends after the Chernobyl accident " ; A. E. Okeanov, E. Y. Sosnovskaya, O. P. Priatkina Clinical Institute of Radiation Medicine and Endocrinology Research, Minsk, Belarus ; Swiss Medical Weekly 2004; 134:645-649
  4. ^ 汚された大地で~チェルノブイリ 20年後の真実~NHKスペシャル、2006年4月16日放映

関連項目[編集]