モルレー

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Morlaix
Blason ville fr Morlaix (Finistère).svg
Vue de Morlaix.JPG
行政
フランスの旗 フランス
地域圏Région ブルターニュ地域圏Blason region fr Bretagne.svg
département フィニステール県
arrondissement 郡庁所在地
小郡canton 小郡庁所在地
INSEEコード 29151
郵便番号 29600
市長任期 アニェス・ル・ブラン
2008年-2014年
人口動態
人口 15 990人
1999年
人口密度 644人/km²
地理
座標 北緯48度34分42秒 西経3度49分36秒 / 北緯48.578334度 西経3.826667度 / 48.578334; -3.826667座標: 北緯48度34分42秒 西経3度49分36秒 / 北緯48.578334度 西経3.826667度 / 48.578334; -3.826667
標高 平均:?m
最低:0m
最高:104 m
面積 24.82km² (ha)
Morlaixの位置
Morlaix
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モルレーフランス語:Morlaixブルトン語:Montroulez)は、フランスブルターニュ地域圏フィニステール県コミューン

目次

[編集] 地理

モルレーはフィニステール県北部にあり、ジャルロ川とケフル川との合流地点にある。合流後の川はモルレー川となる。モルレー川河口の入り江は西のレオン地方(fr:Évêché de Léon)、東のトレゴル地方(fr:Trégor)とを分けており、堰とカラントック(fr:Calentec)にある河口の間15kmに広がっている。この地理的状況のために、モルレーは大きな水害の被害を受けてきた(特に1880年、1883年、1925年、1974年、2000年)。

[編集] 歴史

モルレー湾の地図

モルレーの名は、古代ローマ起源のラテン語、モンス・レラクス(Mons Relaxus)であろうといわれている。数世紀にわたりフランス語とブルトン語の起源がゆがめられたので、最も信ずるに足る起源はモン・ルレ(Mont Relaix)であるとされる。

1520年に行われた金襴の陣の後、対イングランド関係は、イングランドが神聖ローマ帝国と同盟したことで悪化した。1522年、シェルブールを攻撃したイングランド艦隊は、7月上旬にモルレー沖に現れた。攻撃の日は、近郊のガンガンで市場の開かれていた日であった。したがって、町の名士特に兵士たちは不在で、モルレーは防御なしであった。海岸には60隻の船が接近し、住民の目につかないよう数百人が商人に変装した。夜になると、イングランド兵らは抵抗されることなしにモルレーへ入った。同時に、船は川を上って、一部の者がモルレーへ戻れないようにした。しかし、船は河床に沈む樹木に邪魔されて動けなくなった。イングランド軍はモルレーを包囲し、家々に火を放ち、逃げ道を失った住民たちを虐殺した。翌日、逃れることのできたモルレー住民の訴えを聞いて、ラヴァルfr:Laval)領主の兵士たちは敵を探しにモルレーへやってきた。彼らが目にしたのは、貯蔵していたワインを開けて一晩中勝利を祝い、大半が酔いつぶれて眠ってしまった兵士の姿だった。フランス側は、前夜の祝い酒でわずかな抵抗しかできないイングランド兵全員を見つけ、虐殺した。この事件のため、モルレー湾にトロー城(fr:Château du Taureau)が建設されることが決まった[1]

1675年、ブルターニュ各地で起こった印紙税一揆fr:Révolte du papier timbré)にモルレーも巻き込まれた。

[編集] 史跡

  • ジャコバン派の旧修道院(現在はボーザール美術館が入っている)
  • 高架橋 - 1861年、パリ=ブレスト間の鉄道用に建設。花崗岩で作られている。
  • イタリアンヌ劇場 - 1888年。1998年にフランス歴史記念物に指定された。
  • サント=メラニー教会 - 15世紀。ゴシック・フランボワイヤン様式。
  • 古いタバコ工場

[編集] 経済

モルレーにはモルレー通商産業局(fr:Chambre de commerce et d'industrie de Morlaix)が置かれている。また、モルレー=プルジャン空港(fr:Aéroport de Morlaix-Ploujean)、ロスコフ港を運営している。他にモルレー・タバコ産業の復興計画を推進している。

[編集] 交通

[編集] 言語

議会は2008年6月27日にブルトン語の使用促進を定めた憲章の批准を決定した。2007年度新学期より、初等教育を受ける児童の6.1%がブルトン語との二言語学校に登録した。

[編集] 姉妹都市

[編集] 出身の著名人

[編集] 脚注

  1. ^ Daniel et Marie-Claude Appriou - Le château du Taureau, bastion et prison p. 10-12 ISBN|2950351956

[編集] 外部リンク

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