ミハイル・ヤンゲリ

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ミハイル・ヤンゲリ
生誕 1911年10月25日
ロシア帝国イルクーツク州
死没 1971年10月25日(60歳)
ソビエト連邦モスクワ
業績
勤務先 ミサイル設計者
受賞歴 レーニン賞 (1960), ソビエト連邦国家賞 (1967), 4 レーニン勲章, 十月革命勲章
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ミハイル・ヤンゲリ(Mikhail Kuzmich Yangel、ロシア語:Михаил Кузьмич Янгель1911年10月25日-1971年10月25日)は、ソビエト連邦ミサイル設計者である。

彼は1937年にモスクワ航空大学を卒業し、航空技術者として仕事を始め、ニコライ・ポリカルポフアルチョーム・ミコヤン等の有名な航空機設計者と一緒に仕事を行った。その後、彼は弾道ミサイルの分野に転向し、誘導システムの研究に携わった。セルゲイ・コロリョフの共同経営者として、彼はウクライナドニプロペトロウシクにロケット推進センターを設立した。ヤンゲリの施設は大陸間弾道ミサイルの大量製造と改良を行い、この分野ではヤンゲリは貯蔵可能なハイパーゴリック推進剤のパイオニアだった。彼の事務所はR-12R-16R-36等を開発した。これらの打上げ機は、コスモスツィクロンドニエプルとして、今日でもまだ使われている。ヤンゲリは、R-16の開発中、ニェジェーリンの大惨事で危うく死にかけた。

その顕著な業績のため、彼は1960年にレーニン賞、1967年にソビエト連邦国家賞を受章した。また、レーニン勲章十月革命勲章等の多くのメダルも受章している。1971年、60歳の時にモスクワで亡くなった。

以下の地名に、ヤンゲリにちなんだ名前が付けられている。

ソビエト連邦の天文学者リュドミーラ・ジュラヴリョーワが1978年に発見した小惑星番号3039番の小惑星ヤンゲリは、彼の名前にちなんでいる[1]

出典[編集]