ミッチ・ケイパー

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ミッチ・ケイパー
生誕 1950年11月1日(63歳)
米国ニューヨーク州ブルックリン
著名な実績 Lotus 1-2-3開発者、電子フロンティア財団共同設立者

ミッチェル・デイビッド・ケイパー(Mitchell David Kapor、1950年11月1日[1] - )は、ロータスデベロップメントの創業者にして Lotus 1-2-3 の開発者。電子フロンティア財団の共同設立者でもあり、Mozilla Foundationの初代理事長でもある。ほかにも多数のインターネット関連団体に参加している。サンフランシスコ在住。

経歴[編集]

アメリカ合衆国ニューヨーク州ブルックリンに生まれる。イェール大学心理学言語学計算機科学、特にサイバネティックスを専攻し、1971年に学士号を取得。在学時にはイェール大学内のラジオ局 WYBC-FM の音楽ディレクターとプログラムディレクターを担当した。卒業後はラジオ局のディスクジョッキートランセンデンタル・メディテーション技術の先生、精神衛生カウンセラーなど職を転々とした。

1978年Apple II を購入し個人でコンピュータのコンサルタントを営み、1時間5ドルでコンピュータの個人指導をしたり、マサチューセッツ工科大学の院生からの依頼で線グラフや統計関数の機能を持つプログラム Tiny Troll を開発したりした。数か月後、シリコンバレーで世界初のパーソナルコンピュータ向け表計算ソフト VisiCalc の作者ボブ・フランクストンに出会い、それがきっかけで VisiPlot と VisiTrend を開発することになった。それらは1981年にソフトウェア会社 VisiCorp から発売され、ケイパーに多額の著作権料をもたらした。

この成功を機に、1982年にロータスデベロップメントを設立。ジョナサン・ザックスと組んで表計算ソフトの開発に取り組み、完成した Lotus 1-2-3 は同年秋の COMDEX で発表された。画面上で見られるオンラインヘルプ機能やチュートリアル用のディスクが初めて提供され、また顧客サポートのための専門部門も初めて設置されたことでユーザーから圧倒的な支持を得て、瞬く間に表計算ソフトのトップシェアを獲得した。ケイパーは1982年から1986年まで同社の社長(後に会長)兼最高経営責任者を、1987年まで取締役を務めた。1983年に同社は5300万ドルの収益を上げ、翌1984年には1億5600万ドルにまで倍増した。従業員数は1985年までに1000人以上に達した。

1986年に退社後、マサチューセッツ工科大学の客員教授を務めた後、ネットワーク関連のソフトウェアを取り扱う ON Technology を設立。ケイパーは1987年から1990年まで会長兼最高経営責任者を務めた。1990年にはジョン・ペリー・バーロウジョン・ギルモアらとともに電子フロンティア財団を共同設立。ケイパーは1994年まで議長を務めた。2001年には私財を投じてOpen Source Applications Foundationを設立し、オープンソースPIM ソフトウェアChandlerの開発に取り組んだが、2008年に身を退いた[2]。2003年にはMozilla Foundationの理事長に選任された。2006年にはブックマークを同期する Mozilla Firefox 拡張機能を開発する Foxmarks(2009年3月Xmarksに改名)を設立した。

このほか、ベンチャーキャピタルのケイパー・エンタープライズ、環境衛生に対する慈善団体のミッチェル・ケイパー財団も運営している。妻 Freada Kapor Klein とともに、教育と職場に公正さを提供する民間非営利団体の Level Playing Field Institute も設立している。Linden Lab の取締役、ウィキメディア財団の顧問委員[3]も兼務している。

出典[編集]

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  1. ^ Lewis, Peter H. (1993年3月21日). “Sound Bytes; Pushing the Frontiers of the Electronic Age” (英語). ニューヨーク・タイムズ. 2007年7月12日閲覧。
  2. ^ OSAF in Transition Mitch Kapor’s Blog
  3. ^ Press releases/Advisory Board/日本語”. ウィキメディア財団. 2007年7月12日閲覧。

外部リンク[編集]