マゼラン雲
マゼラン雲(マゼランうん、Magellanic Clouds)は、2つの銀河からなるグループである。希に、マゼラン星雲 (Magellanic Nebulae)、マゼラン銀河 (Magellanic Galaxies) とも。
地球からは、現在、天の南極からそう遠くない、赤経約1時 - 5時、赤緯約−70度付近に見える。
目次 |
銀河 [編集]
マゼラン雲は2つの銀河からなる。
特徴 [編集]
LMCとSMCは互いには7万5000光年離れており、地球からは21度離れて見える。
20世紀末まで、LMCとSMCは銀河系に最も近い銀河と2番目に近い銀河と思われていた。しかし、1994年にいて座矮小楕円銀河 (SagDEG) が発見され、順位は繰り下がった。
両銀河は、銀河系に接近するたびに強い潮汐力を受けている。両銀河は棒渦巻状の構造を持つが、潮汐力により大きく乱れている。一方、銀河系のディスクも、わずかに変形している。また、両銀河と銀河系の間に中性水素の帯であるマゼラニックストリームができている。
両銀河の速度はハッブル宇宙望遠鏡により正確に測定され、480km/sと出ている。この速度は、両銀河が銀河系に重力的に束縛されていない可能性を示唆している。これが正しいなら、マゼラン雲の効果として説明されてきた現象は修正の必要がある[1]。
歴史 [編集]
肉眼で容易に見えるので、南半球および北半球低緯度の人々には、原始時代から知られていたと思われる。
中東では見えないものの、イスラム時代までには旅行者などにより知られていたようである。最初の記録は964年にペルシャの天文学者アル・スーフィーが『恒星の書』 Book of Fixed Stars に、LMCを「白い牡牛」 Al Bakr として記録し、バブ・エル・マンデブ海峡(北緯12.5度)より北では見えないと記している。なお、LMCのほうがやや北に位置し、比較的容易に見える。
ヨーロッパ人に知られるようになったのは、1519年から1522年のフェルディナンド・マゼランによる世界一周航海に参加したヴェネツィアのアントニオ・ピガフェッタが記録してからである。
「マゼラン」の名が冠されるようになったのはかなり後のことである。1603年のヨハン・バイエルの『ウラノメトリア』では、「Nubecula Major(大雲)」[2]・「Nubevula Minor(小雲)」 として載っていた。1795年のジョン・フラムスチードの星図には、「Le Grand Nuage」[3]・「Le Petit Nuage」(同じ意味のフランス語)として載っていた。
出典 [編集]
- ^ http://www.centauri-dreams.org/?p=1468 See second Paragraph below inserted picture.
- ^ http://www.usno.navy.mil/library/rare/BayerUran1661PiscisBot.jpg Usno.navy.mil Retrieved on 2007-05-31
- ^ http://www.usno.navy.mil/library/rare/flamsteed12.jpg Usno.navy.mil Retrieved on 2007-05-31
|
|||||||||||||||||||||||||||