フェルディナンド・アルベルト・アメデーオ・ディ・サヴォイア
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フェルディナンド・アルベルト・アメデーオ・ディ・サヴォイア(Ferdinando Maria Alberto Amedeo Filiberto Vincenzo di Savoia, 1822年11月15日 - 1855年2月10日)は、初代ジェノヴァ公。
サルデーニャ王カルロ・アルベルトとマリーア・テレーザ・ディ・トスカーナ(Maria Teresa di Toscana, トスカーナ大公フェルディナンド3世の娘)の次男としてフィレンツェに生まれる。1831年にジェノヴァ公となった。
1850年4月22日ドレスデンにて、ザクセン王ヨハンの娘エリーザベト(1830年2月4日 - 1912年8月14日)と結婚し、以下の子をもうけた。
- マルゲリータ・マリーア・テレーザ・ジョヴァンナ(Margherita Maria Teresa Giovanna, 1851年 - 1926年) - イタリア王ウンベルト1世妃
- トンマーゾ・アルベルト・ヴィットーリオ(Tommaso Alberto Vittorio, 1854年 - 1931年) - ジェノヴァ公
1848年革命のさなか、1848年7月10日に一時シチリア王に選ばれたが、戴冠は辞退した。
1855年にトリノで死去。長男のトンマーゾ・アルベルト・ヴィットーリオが後を継いだ。
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