ヒポクラテスの誓い

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
十字の形で記された12世紀東ローマ帝国の写本

ヒポクラテスの誓い(ヒポクラテスのちかい、英語: The Hippocratic Oath古代ギリシア語: Ἱπποκράτειος ὄρκος)は、医師倫理・任務などについての、ギリシア神への宣誓文。現代の医療倫理の根幹を成す患者の生命・健康保護の思想、患者のプライバシー保護のほか、専門家としての尊厳の保持、徒弟制度の維持や職能の閉鎖性維持なども謳われている。

由来[編集]

古代ギリシアの医者集団コス派の文書を中心とする文書群、Corpus Hippocraticum(ヒポクラテス集典)にある。つけられている題名は「誓い Ὄρκος」。「ヒポクラテスの誓詞」とも呼ばれる。紀元前4世紀の「医学の父」ヒポクラテス、あるいは彼の弟子の一人による誓言であると広く信じられ、一般にはこの文書群と同様に「ヒポクラテスの誓い」として流通してきた。

ただし、このテキスト自体は、歴史上実在したヒポクラテスよりも後の時代に、コス派よりも後の時代に成立したと考えられている。この点は、テキストで「医術」という語をもって指示されているものが、現在で言う「内科」に相当するものに限定され、外科的な事柄が拒絶されている事からも推定可能である。何故なら、コス派の医者たちは外科的処置も行なったのであり、また、その処置は優れたものでもあったからである(上記ヒポクラテス集典を参照)。

医学校での宣誓[編集]

1508年ドイツヴィッテンベルク大学医学部で初めて医学教育に採用された。1804年フランスモンペリエ大学の卒業式ではじめて宣誓され、以降医者にとって重要なものとして長らく伝承されてきた。1928年では北米の医学校の19%で卒業式の誓いとしていたが2004年では北米のほぼ全ての医学校の卒業式に誓われている。

ヒポクラテスの誓い(日本語訳)[編集]

現実に医学部で使用されているものではなく直訳したものを記す。

医の神アポロンアスクレーピオスヒギエイアパナケイア、及び全ての神々よ。私自身の能力と判断に従って、この誓約を守ることを誓う。

  • この医術を教えてくれた師を実の親のように敬い、自らの財産を分け与えて、必要ある時には助ける。
  • 師の子孫を自身の兄弟のように見て、彼らが学ばんとすれば報酬なしにこの術を教える。
  • 著作講義その他あらゆる方法で、医術の知識を師や自らの息子、また、医の規則に則って誓約で結ばれている弟子達に分かち与え、それ以外の誰にも与えない。
  • 自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しない。
  • 依頼されても人を殺すを与えない。
  • 同様に婦人を流産させる道具を与えない。
  • 生涯を純粋神聖を貫き、医術を行う。
  • どんな家を訪れる時もそこの自由人奴隷の相違を問わず、不正を犯すことなく、医術を行う。
  • 医に関するか否かに関わらず、他人の生活についての秘密を遵守する。

この誓いを守り続ける限り、私は人生と医術とを享受し、全ての人から尊敬されるであろう!
しかし、万が一、この誓いを破る時、私はその反対の運命を賜るだろう。

誓いの背景[編集]

現在[編集]

批判[編集]

アメリカ合衆国のロビン、マッコーレがこの誓いは文化的停滞(Cultural lag)の典型例で、誓いの作者はヒポクラテスでなく、男尊女卑同性愛であるとして批判した。

批判への反論[編集]

上記批判に対してアテネ大学内の国際ヒポクラテス協会のマルケトスが誓いの作者がヒポクラテス自身であるかどうかは別として誓いに示してある医師のあるべき姿は永遠不滅であるとした。

誓いの改変[編集]

以上の状況などから、ヒポクラテスの誓いの倫理的真意の現代的な改定・系統化を意図したジュネーブ宣言1948年、第2回世界医師会総会にて採択された。その他、学校独自の誓いを作成しているところが多く、その種類は50を超えている。


[編集]


関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 大槻真一郎 編著 (1997年). 新訂版 ヒポクラテス全集(Corpus Hippocraticum)全3巻 エンタプライズ株式会社刊. 

外部リンク[編集]