チメロサール

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チメロサール
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識別情報
CAS登録番号 54-64-8 チェック
ChemSpider 10772045 チェック
UNII 2225PI3MOV チェック
EC番号 200-210-4
RTECS番号 OV8400000
特性
化学式 C9H9HgNaO2S
モル質量 404.81 g/mol
外観 白色または淡黄色の粉末
密度 2.508 g/cm3[1]
融点

232–233 °C(分解)

への溶解度 1000 g/L (20°C)
危険性
安全データシート(外部リンク) External MSDS
EU分類 猛毒 T+(猛毒)
環境への危険性 N(環境危険性)
Repr. Cat. 1
NFPA 704
1
3
1
Rフレーズ R26/27/28 R33 R50/53
Sフレーズ S13 S28 S36 S45 S60 S61
引火点 250°C
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

チメロサール (thimerosal) は有機水銀化合物であり、防腐剤として使われる。化学名はエチル水銀チオサリチル酸ナトリウム(エチルすいぎんチオサリチルさんナトリウム、Ethylmercurithiosalicylate sodium salt)である。

人体に吸引されると分解されエチル水銀が生じる[2]

性質[編集]

チメロサールはやや不安定な化合物であり、光によって分解する。またナトリウムであるため水に溶けやすい。チメロサール全体のモル質量は404.81であるが、水銀の原子量は200.59であるので質量のほぼ半分を水銀が占めている。投与されたチメロサールの一部は、好中球マクロファージによって無機化される[3]

毒性[編集]

チメロサールは吸入、摂取および皮膚との接触により非常に有毒であり(ECのハザードシンボルはT+)、累積効果の危険性がある。また、水生生物にとっても非常に有毒であり、水生環境に長期の悪影響を及ぼす可能性がある(ECのハザードシンボルはN)[4]。人間の体内では、代謝されるか、またはエチル水銀(C2H5Hg+)とチオサリチル酸に分解される[2]

自閉症との関係[編集]

チメロサールは殺菌作用を持つことから、1930年代からワクチンや目薬の保存料として利用されてきた[5][6]。しかしチメロサールは体内で分解してエチル水銀を遊離するため、アメリカを中心に水銀による被害と疑われる自閉症患者の事例が報告されるようになった。1990年代に入るとワクチン中のチメロサールの含有量を低減したり、他の殺菌剤への転換が進められるようになった。これはワクチン1本ずつに含まれる有機水銀量はわずかであっても、乳幼児期には三種混合ワクチンなどの予防接種を繰り返すことで、結果的にかなりの量の水銀が体内に入ることが危惧されたためである[7]。世界的にも、ワクチン保存料としての使用は論争の的となり、欧州連合では、定期的な小児期ワクチンから段階的に廃止され、他の少数の国でも大衆の不安に応える形で使用が廃止された[8]。日本でも予防学的な観点から、ワクチンからチメロサールを除去・減量する努力が行われている[9]

しかし2000年代初頭現在、チメロサールと自閉症との因果関係については科学的には否定的とされる[10][11][12][13][14]世界保健機関世界ワクチン安全イニシアティブ会議では、自閉症との関係を指摘する従来の研究には方法論的欠陥があること、ワクチンからチメロサールを除去した後でもアメリカで自閉症患者が増大していることから、この因果関係を否定している[15]。また、有機水銀の蓄積に関しても、メチル水銀に比べてエチル水銀の半減期は3〜7日と短く、十分な毒性レベルには達しないことから否定されている[15]。2000年代初頭の科学的なコンセンサスでは、チメロサールが自閉症の原因であるという恐れは根拠が無いとみなしており[16][17][18][19]厚生労働省もこれを支持している[9][20]

日本におけるワクチンでの使用[編集]

日本では2012年12月に四種混合ワクチンが導入されたので、それまで乳幼児の定期予防接種としていた三種混合破傷風ジフテリア百日咳)ワクチンのチメロサール含有[7]を考慮する必要はなくなったが、追加接種のDTで用いる沈降ジフテリア破傷風混合トキソイドや、インフルエンザHAワクチン、沈降B型肝炎ワクチン、沈降破傷風トキソイドの一部にチメロサールを含有している製品がある[21]製薬会社ごとにチメロサールの含有量は異なる。インフルエンザHAワクチンでの含有量は、1990年代に比較して10分の1以下と大幅に減量(1回の注射量0.5 mL中2〜4 µgのチメロサール〈1〜2 µgの水銀〉)[22]されている。

現在承認されているインフルエンザHAワクチンは、フルービックHA(田辺三菱製薬)のみチメロサールフリー(非含有)であるが、2016年度は製造されない[23]。2017年度のチメロサールフリーは、フルービックHAシリンジのみである。

日本における血漿での利用[編集]

1960年代まで、日本赤十字社が製造していた血漿(液状)は、防腐剤にチメロサールが使用されていた。1970年2月、1か月間にわたり約8000ccの血漿を点滴していた難病患者が有機水銀中毒を発症して死亡する事例が発生。血漿に含まれる水銀の量は1万分の1と微量であり一般患者には問題のない量とされたが、当年度にチメロサールを使用した血漿は回収が行われて市場から姿を消した[24]

ピロキシカムとの相互作用[編集]

チメロサールを含有したワクチンなどを使用したことなどが原因で、チメロサールに感作されていた場合、ピロキシカムを投与すると交差感作が発生し、結果としてピロキシカムによる光線過敏症の発症に関与しているのではないかとする報告がある[25][26]

脚注[編集]

  1. ^ Melnick, J. G.; Yurkerwich, K. et al. (2008). “Molecular Structures of Thimerosal (Merthiolate) and Other Arylthiolate Mercury Alkyl Compounds”. Inorg. Chem. 47 (14): 6421–6426. doi:10.1021/ic8005426. PMID 18533648. 
  2. ^ a b Thimerosal in vaccines”. Center for Biologics Evaluation and Research, U.S. Food and Drug Administration (2008年6月3日). 2008年7月25日閲覧。
  3. ^ 衞藤光明、加藤博史、佐々木次雄 ほか、マウスにおけるチメロサールの実験病理学的研究(第一報) Journal of Toxicologic Pathology. 6巻 (1993) 2号 p.233-240, doi:10.1293/tox.6.233
  4. ^ Safety data sheet, Thiomersal Ph Eur, BP, USP” (PDF). Merck (2005年6月12日). 2010年1月1日閲覧。
  5. ^ 保存剤(チメロサール等)が添加されている新型インフルエンザワクチンの使用について 厚生労働省 (PDF)
  6. ^ 鈴木宏、「チメロサール(点眼薬防腐剤)によるアレルギー性結膜炎,眼瞼結膜炎」 臨床眼科 26巻 6号 1972/6/15 p.783-788, doi:10.11477/mf.1410204804
  7. ^ a b チメロサールとワクチンについて”. 横浜市衛生研究所 (2005年12月16日). 2015年10月28日閲覧。
  8. ^ “Thiomersal in vaccines: balancing the risk of adverse effects with the risk of vaccine-preventable disease”. Drug Saf 28 (2): 89–101. (2005). doi:10.2165/00002018-200528020-00001. PMID 15691220. 
  9. ^ a b 新型インフルエンザワクチン接種事業(平成22年度)に関するQ&A|厚生労働省”. www.mhlw.go.jp. 2019年2月25日閲覧。
  10. ^ 自閉症における水銀・チメロサールの関与に関する声明”. web.archive.org. 日本小児神経学会 (2014年6月1日). 2015年9月14日閲覧。
  11. ^ 自閉症における水銀・チメロサールの関与に関する声明”. 日本小児神経学会 (2004年6月1日). 2015年9月14日閲覧。
  12. ^ Madsen KM, Lauritsen MB, Pedersen CB, et al. (2003-09). “Thimerosal and the occurrence of autism: negative ecological evidence from Danish population-based data.”. Pediatrics 112 (3): 604-6. PMID 12949291. http://www.pkids.org/files/pdf/PEDSarticle.pdf. 
  13. ^ Verstraeten T, Davis RL, DeStefano F, et al. (2003-11). “Safety of thimerosal-containing vaccines: a two-phased study of computerized health maintenance organization databases.”. Pediatrics 112 (5): 1039-48. PMID 14595043. http://pediatrics.aappublications.org/content/112/5/1039.abstract. 
  14. ^ Stehr-Green P, Tull P, Stellfeld M, et al. (2003-08). “Autism and thimerosal-containing vaccines: lack of consistent evidence for an association.”. Am J Prev Med. 25 (2): 101-6. doi:10.1016/S0749-3797(03)00113-2. PMID 12880876. http://www.ajpmonline.org/article/S0749-3797%2803%2900113-2/abstract. 
  15. ^ a b WHO | Thiomersal in vaccines”. WHO. 2019年2月25日閲覧。
  16. ^ Immunization Safety Review Committee, Board on Health Promotion and Disease Prevention, Institute of Medicine (2004). Immunization Safety Review: Vaccines and Autism.. Washington, DC: The National Academies Press.. ISBN 978-0-309-09237-1 
  17. ^ Doja, Asif; Roberts, Wendy (November 2006). “Immunizations and autism: a review of the literature”. Can J Neurol Sci 33 (4): 341–6. doi:10.1017/s031716710000528x. PMID 17168158. 
  18. ^ Vaccines Do Not Cause Autism”. www.cdc.gov. 2015年11月29日閲覧。
  19. ^ Gołoś, A; Lutyńska, A (2015). “Thiomersal-containing vaccines - a review of the current state of knowledge.”. Przeglad Epidemiologiczny 69 (1): 59–64, 157–61. PMID 25862449. 
  20. ^ 厚生労働省:平成21年度第3回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会資料”. www.mhlw.go.jp. 2019年2月25日閲覧。
  21. ^ チメロサールを含む国有ワクチン” (PDF). 北海道薬剤師会 (2012年9月3日). 2015年10月28日閲覧。
  22. ^ 第3回安全対策調査会資料2 調査結果報告書” (PDF). (独)医薬品医療機器総合機構 (2009年10月16日). 2015年10月28日閲覧。
  23. ^ 2016年度インフルエンザHAワクチンの供給に関するお知らせ” (PDF). 田辺三菱製薬 (2016年6月1日). 2016年10月21日閲覧。
  24. ^ 「日赤製の血漿で中毒死? 防腐用の水銀たまる 連続使用の少年患者」『朝日新聞』昭和45年(1970年)3月1日朝刊、12版、15面
  25. ^ 澤田俊一、八木沼健利、上出良一、【原著】「臨床皮膚科」 44巻 7号 1990/6/1 p.677-681, doi:10.11477/mf.1412900127
  26. ^ 大津晃、チメロサール皮膚炎とピロキシカムの関連について 日本皮膚科学会雑誌 101巻 (1991) 11号 p.1291-, doi:10.14924/dermatol.101.1291

関連項目[編集]

外部リンク[編集]