スーサ

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スーサで出土したスフィンクスの壁画

スーサ(Susa, 古代ペルシア語: Šušim, 聖書ヘブライ語: שושן Šûšan, ギリシア語: Σέλεύχεια, 近世ペルシア語: شوش Shūsh)は、現在のイランの西南部に位置し、エラム王国時代、アケメネス朝ペルシャ時代には、王都として栄えた都市。現フーゼスターン州シューシュ

[編集] 概要

スーサは、アクロポリス、アバダーナ、王の都市、技師の都市の四つの遺構からなる。1901年には、ルーブル美術館に保管されているハンムラビ法典碑も発見された。アパダーナは、ダレイオス1世によって建設され、冬の宮と呼ばれた宮殿の謁見の間跡である。

スーサの歴史は古く、アクロポリスからは紀元前4000年にまで遡る神殿跡が発掘されている。紀元前30世紀から紀元前7世紀に跨がるエラム王国首都であったが、紀元前644年アッシリアによって破壊された。しかし、アケメネス朝ペルシャの王ダレイオス1世が王宮を置き、王の道の起点として再び栄えた。アケメネス朝ペルシャ崩壊後は忘れ去られ、歴史の表舞台から姿を消した。

ヘブライ語ではシュシャンとなる。伝説的人物であるダニエル書の主人公ダニエルの墓とされるもの(シューシュ・ダニエル)がある(画像)。

[編集] 遺跡

スーサの神殿跡からシルハク・インシュシナク碑文が刻まれている青銅製の神殿模型が見つかっている。この青銅模型を作ったのは紀元前1200年ごろのエラム王シルハク・インシュシナクであるといわれている。模型の意義や目的については、2010年現在解明されていない。

インシュシナク(スーサの都市神)に深く愛されししもべ、アンシャンとスーサの国を広げた支配者、エラムの守護者シュトルク・ナフンテの息子である余シルハク・インシュシナクは、自身の日の出の儀式(模型)を青銅で作った。



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