スティーブ・ブレイク

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スティーブ・ブレイク
Steve Blake
ゴールデンステート・ウォリアーズ  No.25
Steve Blake Lakers1.jpg
名前
本名 Steven Hanson Blake
ラテン文字 Steve Blake
基本情報
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1980年2月26日(34歳)
出身地 フロリダ州
身長 191cm
体重 78kg
選手情報
ポジション ポイントガード
背番号 25
経歴
2003-2005
2005-2006
2006-2007
2007
2007-2010
2010
2010-2014
2014-
ワシントン・ウィザーズ
ポートランド・トレイルブレイザーズ
ミルウォーキー・バックス
デンバー・ナゲッツ
ポートランド・トレイルブレイザーズ
ロサンゼルス・クリッパーズ
ロサンゼルス・レイカーズ
ゴールデンステート・ウォリアーズ

スティーブ・ブレイクSteven Hanson Blake, 1980年2月26日 - )はアメリカ合衆国フロリダ州ハリウッド出身のバスケットボール選手である。アメリカNBAゴールデンステート・ウォリアーズに所属している。ポジションはポイントガード。身長191cm、体重78kg。

経歴[編集]

学生時代[編集]

高校はマイアミ高校に進学した後、バージニア州に所在するバスケットボールの名門校オークヒル高校に転校した。卒業後はメリーランド大学に進学。1年生の頃からNCAAトーナメントでもチームの主力選手として出場し2001年にベスト4(ファイナル・フォー)に進出し、翌年にはチームを優勝に導くという大活躍だった。またACCの大学通算1000得点/800アシスト/400リバウンド/200スティールを記録した史上初の選手である。

NBA[編集]

ブレイクは2003年のNBAドラフトワシントン・ウィザーズから全体38指名を受けてNBAに進出した。ルーキーイヤーとなった2003-04シーズンから比較的出場時間を与えられ、平均で20分近くの出場があった。先発出場を務めたり、3Pシュートの成功数を75本記録するなど、新人としてはまずまずの成績を残した。しかし、2年目となった2004-05シーズンは出場機会が減少。わずか44試合の出場に留まってしまった。

2005年のオフ、ブレイクは制限付きFAとなったが、チームは契約せずに放出を決意。その後、ポートランド・トレイルブレイザーズに移籍した。ちなみにチームメイトだったホアン・ディクソンもFAとなって、共にブレイザーズに移籍することになった。彼らはメリーランド大学のOBで、ディクソンはブレイクの1年先輩にあたる。そして迎えたブレイザーズでの3年目、ブレイクは先発に定着(セバスチャン・テルフェアの負傷にもよる)。キャリアハイとなる23得点をあげるなど、得点、アシスト、3Pシュートなどの各成績では前年までを上回り、上々のシーズンになった。チーム自体は低迷を続けていたが、彼への評価は上昇した。

2006年のオフはブライアン・スキナー河昇鎭らと共に、ジャマール・マグロアとの交換でミルウォーキー・バックスに移籍した。そのため2006-07シーズンはモーリス・ウィリアムズチャーリー・ベルといった選手の控えとして出場し、出場時間は昨年を大きく下回っていた。しかし2007年1月11日アール・ボイキンスらとのトレードによってデンバー・ナゲッツへ移籍すると先発として定着。司令塔として高い評価を得た。シーズン終了後に再びFAとなり、7月13日にポートレンド・トレイルブレイザーズと契約。古巣復帰となった。

古巣復帰後は先発に定着していたが、2009-10シーズン前にアンドレ・ミラーが移籍。その煽りをうけ、控えでの出場が多くなった。2010年2月16日、トレードでトラビス・アウトローとともにロサンゼルス・クリッパーズに移籍した。 

レイカーズ時代[編集]

2010年7月8日、4年1600万ドルで ロサンゼルス・レイカーズに移籍した。. 2010年10月26日、 シーズン最初の試合ヒューストン・ロケッツ戦において、試合終了間際に3ポイントシュートを決めリードした。またディフェンスにおいても相手のクラッチシュートを外させるなどし勝利に貢献した。

プレイスタイル[編集]

ゲームメイクが得意な正統派ポイントガード。ドライブからの得点力は乏しいが、3Pシュートを高確率で成功させるシューターである。

外部リンク[編集]