ジョゼフ・ニーダム
| ジョゼフ・ニーダム Joseph Needham |
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| 生誕 | Noel Joseph Terence Montgomery Needham 1900年12月6日 |
| 死没 | 1995年3月24日(満94歳没) |
| 職業 | 歴史家、生化学者 |
ジョゼフ・テレンス・モンゴメリー・ニーダム(Joseph Terence Montgomery Needham, 1900年12月9日 - 1995年3月24日)はイギリスの生化学者であり、科学史家。中国科学史の権威。王立協会とブリティッシュ・アカデミー双方のフェローに選ばれる。1983年11月29日、中国社会科学院より名誉博士号が授与される。中国では李约瑟という中国名で知られる。
ライフワークであった大著『中国の科学と文明』は中国文明のみならず非ヨーロッパ文明に対する知識人の見方を一変させるほどの衝撃を西洋世界にもたらす。
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[編集] 経歴
1900年、ロンドンに医師の子として生まれる。ケンブリッジ大学で医学を専攻。在学中、ノーベル賞受賞者のホプキンス教授との邂逅をきっかけに生化学を志し、発生生化学者の権威となった。1930年代後半より中国における科学発達史に関心を持ち始め、中国に4年間滞在。以後、前人未踏の中国科学史の研究に没頭する。1965年、ニーダムはケンブリッジ大学ゴンヴィル・アンド・キーズ・カレッジの学寮長に選出された。
[編集] 政治的見解
幼い頃から、ニーダムの政見は正統でなく、彼のライフスタイルは論議を呼んでいた。科学における彼の仕事は社会主義に基づき、そして、1949年以降、彼は中国文化への共感を新政府に述べた。ニーダムは、朝鮮戦争の間に北朝鮮(1952-53)の検査官になることに同意し、中国共産党の主張をレポートで支持したことが論争を呼んだ。「ニーダムは知的に共産主義にほれていました」と、ニーダムのバイオグラファーであるサイモン・ウィンチェスターは論評する。 また、ウィンチェスターは「しかし、共産主義諜報組織のリーダーとエージェントが情け容赦なく彼をだました」という。ニーダムは米国政府によって1970年代にブラックリストに載せられた。
[編集] 受賞歴
- 1961年 アメリカ科学史会 ジョージ・サートン・メダル
- 1984年 科学技術社会論学会 J.D.バーナル賞
- 1990年 福岡市 福岡アジア文化賞 創設特別賞
[編集] 著作
- 『化学的発生学』1931年
- 『生化学と形態発生』1942年
- 『中国の科学』1945年
- 『中国の科学と文明』1945年- 全11巻 新思索社
- 『科学の前哨 第二次大戦下の中国の科学者たち』ドロシー・ニーダム共編、1948年(平凡社、1986年)
- 『文明の滴定』1969年 法政大学出版局 1974年
- 『東と西の学者と工匠:中国科学技術史講演集』上下 河出書房新社 1974年,1977年
- 『中国のランセット:針灸の歴史と理論』1980年 魯桂珍共著 創元社 1989年
- 『中国科学の流れ』1984年 思索社
- 『理解の鋳型:東西の思想経験』 法政大学出版局 1992年
- 『ニーダム・コレクション』牛山輝代、竹内廸也、内藤陽哉、山田慶児訳(ちくま学芸文庫、2009年)
[編集] 関連文献
- 『ジョゼフ・ニーダムの世界:名誉道士の生と思想』中山茂編 日本地域社会研究所 1988年
- 序文・監修 『図説中国の科学と文明』ロバート・テンプル、牛山輝代訳 (河出書房新社、1992年 改訂版2008年)