ジャノヒゲ

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ジャノヒゲ
Ophiopogon japonicus
Ophiopogon japonicus
大阪府、2006年4月7日)
分類APG III
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
階級なし : 単子葉類 monocots
: キジカクシ目 Asparagales
: キジカクシ科 Asparagaceae
亜科 : スズラン亜科 Nolinoideae
: Ophiopogonae
: ジャノヒゲ属 Ophiopogon
: ジャノヒゲ O. japonicus
学名
Ophiopogon japonicus
(Thunb.) Ker Gawl.[1]
英名
Mondo grass、dwarf lilyturf
変種
  • O. j. var. japonicus
  • O. j. var. umbrosus

ジャノヒゲ(蛇の髭、学名Ophiopogon japonicus)は、キジカクシ科ジャノヒゲ属分類される常緑多年草の1リュウノヒゲ(竜の髯)、ネコダマ(猫玉) 、タマリュウ (玉竜) [2]ともいう。

名称[編集]

和名ジャノヒゲは、一説にはジョウノヒゲが転訛して、ジャノヒゲになったと考えられている[3]。漢名を麦門冬(ばくもんとう)というが[4]、『本草綱目啓蒙』では麦門冬の別名として「ジヤウガヒゲ」を挙げていて、ここでいう“ジヤウガヒゲ”(ジョウノヒゲ)は「尉(じょう)の鬚」という意味であり、能面で老人の面である「尉(じょう)」の面の顎鬚(あごひげ)に、葉の形を見立てたものと推測されている[5][6][3]。また同様に葉の形状から、ジャノヒゲ(蛇の鬚)は別名リュウノヒゲ(龍の鬚/竜の鬚)ともいわれ、細い葉をヘビリュウの髭に見立てたのが名の由来とする説もある[6][4][7]

日本での古名は「やますげ」の名で奈良時代に成立した『万葉集』の歌なかでも詠まれている[4]。ただし、「やますげ」は同じキジカクシ科スズラン亜科ヤブランであるとする説もある[4]江戸時代の代表的な方言集『物類呼称』では、麦門冬を尾張で「蛇のひげ」と言うとする記述が見られ[注釈 1]、『本草綱目啓蒙』でも、近江で「ジャノヒゲ」と称すると書かれており、さらに『物品識名』にも「ジャノヒゲ」の名称が挙げられている[4]。『古典の植物を探る』(八坂書房)の著者である細見末雄や、『植物和名の語源探究』(同)の著者の深津正による説では、「ジャノヒゲは蛇の鬚ではない」と説明している[9][注釈 2]

分布・生育地[編集]

日本では北海道から九州まで[11]東アジアからフィリピン森林に広く分布する。丘陵地の林縁や林内、山野の樹木下、野原に自生する[11][12][13]。また、人家で栽培される[11]

形態・生態[編集]

常緑の多年生草本[11]。草丈は7 - 15センチメートル (cm) で[7]、多数のを叢生したときに大株になる[11]は多数のひげ根が生える[11]。葉は地際から生え、線形で細長く、長さ10 - 20 cmほどで、幅は2 - 3ミリメートル (mm) ぐらいになる[11][7][13]匍匐茎を伸ばして増殖する[7]

初夏(7 - 8月)に、葉の間から高さ7 - 18 cmほどの花茎を出し、花茎の上にややまばらな総状花序を形成し、淡紫色あるいは白色の小さいを数個つける[11][12][13]。花茎の先が曲がって、花が下向きに咲き、花径は7 - 8 mm[7]花被片は楕円形[13]子房種子を1個含む。種子は球形で、成熟前に子房から露出し、深い青色に熟す[11][13]

ジャノヒゲ及びその園芸品種であるチャボリュウノヒゲ(タマリュウ、ギョクリュウ)は、高い浸水及び冠水への耐性があり、根が水に浸された状況や水中などでも生存が可能である[注釈 3]

利用[編集]

リュウノヒゲの名で、庭のグランドカバーとして用いられ[7]、よく植え込みにも用いられる[1]

生薬[編集]

は肥大して所々太く紡錘形になり、これを乾燥したものが生薬となり、麦門冬(ばくもんどう/ばくもんとう)と称する[11]。鎮咳・強壮などに用いる。日本薬局方に収録の生薬であり、ジャノヒゲの塊根を小葉麦門冬(しょうようばくもんとう)、ヤブランの塊根を大葉麦門冬といって区別することがある[11]。麦門冬は、麦門冬湯(ばくもんどうとう)、清肺湯(せいはいとう)などの漢方方剤に使われる[14]

5月下旬から6月に株を掘り上げて、塊根部を採取して水洗いし、乾燥を早めるため湯通しをして天日乾燥させる[11]。塊根の中心を取り出したものは良品とされる[15]。 民間では、滋養強壮鎮咳去痰止渇利尿を目的に、麦門冬6 - 10グラムを水400 ccでとろ火で半量になるまで煎じ、温かいうちに1日3回服用する用法が知られている[11]

食用[編集]

高知県などでは食用とされ、ゆがいてから更にアゲ(油揚げ)などと一緒に煮て食べる。

文化[編集]

  • 青紫の果実は「龍の玉」と呼ばれ冬の季語
蛇の髯の實の瑠璃なるへ旅の尿(いばり)(中村草田男」『来し方行方』所収)

近縁種[編集]

よく似ている近縁種に、葉の長さ幅ともに2倍ほど大きい同属のオオバジャノヒゲO. planiscapus)があるほか、花が上向きに咲き、黒い実がなる同科ヤブラン属のヤブランLiriope muscari)がある[11]。ジャノヒゲの特徴は、葉が細長く、花が下向きで、花後に青い種子をつけることから識別できる[7]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 尾張で称されていた古名「ジャノヒゲ」は、ヤブラン属ヤブランの別名とする解説もある[8]
  2. ^ また、朝日新聞社刊『週間百科 植物の世界』112号では、「和名は葉の形に由来するといわれているが、ヘビには髭がない。」とし、ジャノヒゲの語源に著者が疑問を懐いていることがうかがい知られると深津は解説している[10]
  3. ^ 同じジャノヒゲ科の植物のうち、ノシランはジャノヒゲ及びチャボリュウノヒゲに劣るものの多少の耐性を持ち、オオバジャノヒゲ(及びヤブラン)の耐性はそれら3つよりかなり劣るという実験結果がある(参考:中村幸恵, 鈴木貢次郎, 近藤三雄, 「ヤブラン亜科5系統の冠水抵抗性の比較」『東京農業大学農学集報』 49巻 3号 P.98-104 2004年)。なお、長期間冠水したジャノヒゲの根には、イネが冠水した時にできるのと同様の、葉茎部で光合成により産生した酸素を根に送るための通気組織が観察されている(参考:鈴木貢次郎, 井出美奈子, 中村幸恵, 「長期間冠水したジャノヒゲ (Ophiopogon japonicus) の根の形態的特性」『芝草研究』 2007-2008年 36巻 2号 p.105-108, doi:10.11275/turfgrass1972.36.105

出典[編集]

  1. ^ a b "Ophiopogon japonicus (Thunb.) Ker Gawl". Germplasm Resources Information Network (GRIN). Agricultural Research Service (ARS), United States Department of Agriculture (USDA). 2012年8月15日閲覧
  2. ^ コトバンク - 猫玉: 出典は日外アソシエーツ「動植物名よみかた辞典 普及版」
  3. ^ a b 『山溪名前図鑑 野草の名前 夏』p.63
  4. ^ a b c d e 深津正 2000, p. 286.
  5. ^ 深津正 2000, p. 287.
  6. ^ a b 『新牧野日本植物圖鑑』p.872
  7. ^ a b c d e f g 主婦と生活社編 2007, p. 111.
  8. ^ 稲垣栄洋監修 主婦の友社編 2016, p. 122.
  9. ^ 深津正 2000, pp. 276, 285.
  10. ^ 深津正 2000, pp. 229–230.
  11. ^ a b c d e f g h i j k l m n 馬場篤 1996, p. 64.
  12. ^ a b 大嶋敏昭監修 2002, p. 208.
  13. ^ a b c d e 近田文弘監修 亀田龍吉・有沢重雄著 2010, p. 227.
  14. ^ 富山大学和漢医薬学総合研究所. “麦門冬 生薬学術情報”. 伝統医薬データベース. 2012年8月15日閲覧。
  15. ^ 馬場篤 1996, p. 94.

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]