ザ・ロネッツ

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ザ・ロネッツThe Ronettes)はニューヨーク出身の1960年代の女性歌手グループで、音楽プロデューサーフィル・スペクターとのコラボレーションで有名である。

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[編集] 経歴

1958年にフランキーライモンの「恋は曲者」という曲にはまったリードシンガーのヴェロニカ(ロニー)・ベネットがお姉さんと年下のいとこを誘って結成した。メンバーは、リードシンガーのヴェロニカ・ベネット(Veronica Bennett;別名ロニー・スペクターRonnie Spector))(1945年8月10日生まれ)、ヴェロニカの姉のエステル・ベネットEstelle Bennett)(1944年7月22日生まれ-2009年2月11日没)、そしてベネット姉妹のいとこのネドラ・タリーNedra Talley)(1946年1月27日生まれ)の3人。

最初はダーリン・シスターズと名乗っていたが、すぐにロニー&レラティヴス(Ronnie & The Relatives)と名前を変え、その後グループ名をロネッツとするに至った。3人でペパーミントラウンジというクラブに遊びにいったところ、かなり派手に着飾っていたためステージのダンサーと間違われステージに上げられた事がきっかけでダンサーグループとして活動を開始、その後コロンビアピクチャーズ傘下のコルピックス(Colpix)レコードにスカウトされ1961年にレコードデビューをする。しかしながらヒットに恵まれなかった。

そこで、ロニーの姉のエステルが断られるのを覚悟の上でフィル・スペクターのプロダクションに連絡を入れてみたところスペクターは会う事を承諾、そこで行われたオーディションでロニーの声にスペクターが興味を持ったことにより、ロネッツは彼の持つフィレス(Philles)レコードと契約を交わす事となる。

代表作は"ビー・マイ・ベイビー(Be My Baby)"、"ベイビー・アイ・ラヴ・ユー(Baby, I Love You)"、"(The Best Part Of) Breakin' Up"そして"(Walking) In the Rain(恋の雨音)"など。1960年代中期に活動を休止した後で復活したものの、あまり人気が出なかった。1966年夏、ビートルズの最終コンサートツアーの前座として米国カナダで公演。同年に解散した。

ヴェロニカは、1968年にフィル・スペクターと結婚。1973年に離婚した後、ソロ活動を開始した。

2009年2月11日、ロニーが自身のHPで、姉エステルの死を伝えた。

[編集] 受賞歴など

2004年、ヴォーカルグループの栄誉の殿堂(Vocal Group Hall of Fame)入りを果たす。

ダーレン・ラヴDarlene Love)と共に長期にわたってロックの殿堂入りの資格があったにも拘らずそれが遅れたのは、ロックの殿堂の理事会員であるフィル・スペクターから執拗な妨害を受けたためであるといわれている。妨害の理由とされているのは、ヴェロニカとフィルが離婚したことや、未払いの著作権使用料をめぐってロネッツがフィルを訴えた(結局、ロネッツ側の敗訴に終わった)ことなどである。しかし2007年3月12日、フィルが殺人事件で起訴され100万ドルで保釈されている間にロネッツはロックの殿堂入りを果たし、ニューヨークのウォルドルフ=アストリアでセレモニーに出席した。このセレモニーでは、ロネッツの長年のファンと自任するキース・リチャーズがインダクターを務めた。ヴェロニカとネドラが"Baby I Love You"と"Walking in the Rain"と"Be My Baby"を歌った。エステルは授賞式に出席していたものの、出演はしなかった。

[編集] 余談

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