ザック・ゴーウェン
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| ザック・ゴーウェン |
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|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | ザック・ゴーウェン テネイシャスZ |
| 本名 | ザック・ゴーウェン |
| ニックネーム | 義足のプロレスラー 奇跡の少年 |
| 身長 | 180cm |
| 体重 | 76kg |
| 誕生日 | 1983年3月30日(26歳) |
| 出身地 | ミシガン州リボニア |
| トレーナー | トゥルース・マルティーニ トミー・ジョンソン |
| デビュー | 2000年 |
ザック・ゴーウェン(Zach Gowen、1983年3月30日 - )は、アメリカ合衆国の男性プロレスラーである。ミシガン州リボニア出身。"義足のプロレスラー"や"奇跡の少年"と言われる。
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[編集] 経歴
8歳の時、骨肉腫にかかり左足を切断。それでもプロレスラーになる夢を抱き、トゥルース・マルティーニの元でトレーニングを行い、17歳の時にプロレスデビュー。その後インディ団体に自分を売り込みに行くがほとんど相手にされなかったという。そうこうして辿りついたのが、シカゴにある障害者、ミゼット選手が活躍するプロレス団体であった。そこで持ち前の運動神経で魅了し、その噂を聞きつけたWWE関係者にスカウトされる。
2003年5月、Mr.アメリカのファンである一観客という設定でデビュー。その後WWEとの契約を目指し、それに反対するビンス・マクマホンとのストーリーが展開される。ビンスの嫌がらせを受けながらも、WWEの契約をかけたビッグ・ショーとの試合で、カート・アングル、ブロック・レスナーの助けもあり最後はムーンサルトプレスで見事勝利する。同年行われたヴェンジェンスでは因縁のビンスとの一騎打ちで対戦するが、惜しくも敗戦。
その後、ヒールに転向したブロック・レスナーとの試合が組まれ、ザックの母親の目の前で流血に追い込こまれ、F-5で鉄柱に足を叩きつけるなどの酷い目に遭わされる。特に、車椅子に体をテープで巻きつけられ身動きとれないザックを、階段から突き落としたシーンはWWE史に残る残虐的なシーンとなった。数週間後に復帰し、マット・ハーディーとの抗争などもあったが、2004年2月にWWEを解雇される。解雇理由は素行不良とされ、友人にWWEでの今後のストーリーをネタバレしたからとも言われている(本人はインタビューで否定しており、あくまでも怪我のためとの事)。
解雇後はTNAに参戦し、それ以後もアメリカのインディ団体を中心に試合をこなしている。2004年4月には大日本プロレスにも出場している。
2007年8月に、一緒にJCWに出場していた全日本プロレス社長武藤敬司に、全日への参戦を直訴。9月のシリーズに早速全日マットに出場した。
[編集] エピソード
[編集] 得意技
[編集] 入場曲
- Out Of My Way(Seether)

