カンボジア救国党

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カンボジアの旗 カンボジアの政党
カンボジア救国党
គណបក្សសង្រ្គោះជាតិ
Kem Sokha with Sam Rainsy.jpg
ケム・ソカーとサム・ランシー
党首 サム・ランシー
副党首 ケム・ソカー
成立年月日 2012年7月17日
本部所在地 プノンペン
国民議会議席数
55 / 123   (45%)
(2013年7月28日)
元老院議席数
11 / 58   (19%)
政治的思想・立場 自由主義
ナショナリズム
自由民主主義
人権
公式サイト គណបក្សសង្រ្គោះជាតិ
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カンボジア救国党(カンボジアきゅうこくとう、クメール語: គណបក្សសង្រ្គោះជាតិ、英語名:Cambodia National Rescue Party)は、カンボジア政党である。党首はサム・ランシー(初代)。

概要[編集]

カンボジアの上下両院(元老院国民議会)でカンボジア人民党(以下、人民党)に次ぐ議席を有する。

2012年、野党第一党のサム・ランシー党ケム・ソカー率いる人権党が合流して発足。

沿革[編集]

2009年1月、サム・ランシー党人権党が同盟関係を結んだことから、両党の合流の動きが本格化した[1]。2012年7月17日、当時、事実上の海外亡命状態にあったサム・ランシー(サム・ランシー党党首)とケム・ソカー(人権党党首)がフィリピンの首都マニラで党首会談を行い、両党が合併することに合意[2]。同年10月2日、内務省に「カンボジア救国党」として政党登録を行った[3]。背景には両党の支持層が集中している都市部での競合を防ぎ、強権的支配の傾向を強めている人民党に対抗できる野党勢力の結集を実現する目的があった。

任期満了で行われた2013年7月の国民議会選挙では人民党の長期政権による腐敗への批判や格差是正など訴えて都市部の若年層を中心に支持を集め[4]、約300万票(44.46%)を獲得し、選挙前の29議席を大幅に上回る55議席を占めた[5]。救国党の躍進の要因として、ポルポト政権や内戦を知らない若年層の増加、Facebookなどのソーシャルメディアが浸透したことで情報の入手が容易になったこと、党の公約がより豊かな生活を求めるようになった国民の願いを汲み取る具体的な内容であったこと、の3点が挙げられている[6]

党役員[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 山田(2013年)、5頁。
  2. ^ “Parties to form Cambodia Democratic Movement of National Rescue”. The Phnom Penh Post. (2012年6月17日). http://www.phnompenhpost.com/national/parties-form-cambodia-democratic-movement-national-rescue 2013年8月1日閲覧。 
  3. ^ アジア経済研究所編『アジア動向年報 2013』 アジア経済研究所、2013年、228頁、239頁
  4. ^ “与党が勝利宣言、政権維持へ=野党も躍進-カンボジア総選挙”. 時事ドットコム. (2013年7月29日). http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2013072900021 2013年7月31日閲覧。 [リンク切れ]
  5. ^ 山田(2013年)、4頁・表1。
  6. ^ 山田(2013年)、7頁。

参考文献[編集]

  • 山田裕史「変革を迫られる人民党一党支配体制」『アジ研ワールド・トレンド』 2013年12月/2014年1月合併号(No.219)、アジア経済研究所、2013年。

外部リンク[編集]