オイゲン・ポランスキ
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| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Eugen Polanski | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1986年3月17日(27歳) | |||||
| 出身地 | ||||||
| 身長 | 183cm | |||||
| 体重 | 73kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ||||||
| ポジション | MF (CH) | |||||
| 背番号 | 42 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 (得点) | ||||
| 2004-2008 2008-2010 2009-2010 2010-2013.1 2013.1- |
→ |
53 (0) 26 (1) 21 (1) 65 (3) |
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| 代表歴2 | ||||||
| 2011- | 16 (0) | |||||
| 1. 国内リーグ戦に限る。2012年12月28日現在。 2. 2012年12月27日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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オイゲン・ポランスキ(Eugen Polanski, 1986年3月17日 - )は、ポーランド・ソスノヴィエツ出身でドイツ育ちのサッカー選手である。ブンデスリーガ・1899ホッフェンハイム所属。ポジションはMF(センターハーフ)。出生時の名前はボグスワフ・エウゲニウシュ・ポラニスキ (Bogusław Eugeniusz Polański)。
目次 |
経歴 [編集]
- クラブ
10歳からボルシア・メンヒェングラットバッハに在籍し、2005年2月12日のヴェルダー・ブレーメン戦でトップチームデビューした。このシーズンは1試合のみの出場だったが、2005-06シーズンに大きく成長してチームの主力となった。2007-08シーズンは2.ブンデスリーガ2部で戦ったが、ヴァランシエンヌFCから移籍してきたパトリック・パーウヴェが重用され、ポランスキの出場時間は大きく減少した。2005年11月19日のバイヤー・レバークーゼン戦で決めた得点がブンデスリーガで決めた唯一の得点になった。
2008年7月7日、スペインのヘタフェCFに移籍。9月28日のアスレティック・ビルバオ戦でデビューした。序盤戦は出場機会が少なかったが、冬頃からレギュラーに定着。中盤センターでハビエル・カスケーロとコンビを組み、26試合に出場した。
2009年6月12日、ブンデスリーガ1部に昇格した1.FSVマインツ05へレンタル移籍し、再びドイツでプレーすることとなった[1]。9月17日、2年契約でマインツに完全移籍した[2]。
2013年1月25日、ホッフェンハイムへ2015年シーズン終了までの2年半契約で完全移籍した[3]。
- 代表
ドイツU-21代表ではキャプテンを務め、2006年のUEFA U-21欧州選手権ではセルビア・モンテネグロ戦でロングシュートを突き刺した。ポーランド代表のパヴェル・ヤナス監督は2006 FIFAワールドカップを前にポランスキに国籍を変えるよう説得した。2011年8月10日、グルジア代表との親善試合でポーランド代表デビューを果たした。
所属クラブ [編集]
ボルシア・メンヒェングラットバッハ 2004-2008
ヘタフェCF 2008-2010
- →
1.FSVマインツ05(Loan) 2009-2010
1.FSVマインツ05 2010-2013.1
1899ホッフェンハイム 2013.1-
脚注 [編集]
- ^ kicker.de (2009年6月12日). “Polanski: Einigung mit Getafe erzielt”. 2009年9月30日閲覧。
- ^ transfermarkt.de (2009年9月17日). “Polanski bleibt bis 2011 beim FSV Mainz 05”. 2009年9月30日閲覧。
- ^ ホッフェンハイム公式HP (2013年1月25日). “TSG holt Eugen Polanski aus Mainz”. 2013年1月26日閲覧。
外部リンク [編集]
- オイゲン・ポランスキ - 90minut.pl(ポーランド語)
- Official website
- Kicker profile
- Career stats at Fussballdaten
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