ウラディーミル・レビコフ

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ヴラディーミル・イヴァーノヴィチ・レービコフロシア語: Влади́мир Ива́нович Ре́биков ; Vladimir Ivanovich Rebikov, 1866年5月31日 クラスノヤルスク1920年10月1日 ヤルタ)はロシア作曲家・ピアニスト。その姉妹もピアニストであった。

略歴[編集]

母親の手ほどきでピアノを始める。モスクワ大学哲学科を卒業。モスクワ音楽院にも学び、チャイコフスキー門下のクレノーフスキーに師事。その後は3年間ベルリンウィーンに過ごし、マイヤーベルガーに音楽理論を、ヤッシュに楽器法を、ミュラーにピアノを師事した。ロシア帝国の各地で教育・演奏活動に携わり、モスクワオデッサキシネフのほかに、プラハフィレンツェパリにも行った。西欧ではクロード・ドビュッシーオスカル・ネドバルズデニェク・ネイェドリーらと知り合う。1909年以降はヤルタに定住した。

作風[編集]

初期作品はチャイコフスキーの影響を示している。抒情的なピアノ小品集(組曲、連作、アルバム)のほか、児童向けの合唱曲や童謡を手懸けた。声楽曲集のひとつは、イヴァン・クルィロフに倣って『顔の寓話』と題されている。また、『クルィロフの寓話』(1901年ごろ)という舞台作品もある。すべての作品の中では児童用の音楽が名高い。全音音階に対するロシア人の好みを引き延ばし、組曲『夢』(仏語:Les Rêves)(1899年)に含まれる〈いたずらっ子が遊ぶ(Les demons s'amusent)〉ではそれを駆使している。

後年では、属7和音や属9和音の多用、解決されないカデンツ複調性、空4度や空5度への依拠など、新しい進歩的な和声法を利用した。斬新な音楽形態も実験しており、ピアノ曲集『音楽道化芝居』 (Mélomimiques) 作品10(1898年)や Rythmodéclamations では、音楽とパントマイムを結び付け、メロデクラメーションという朗誦的な旋律様式を追究した。

舞台作品には、『クリスマスツリー』 (Ёлка) など10曲以上の歌劇や、2つのバレエ音楽も含まれている。

ヴラディーミル・レービコフ

レビコフは、54歳で死去した頃には既に忘れられた存在だった。苦々しい幻滅を味わったため、ドビュッシーやスクリャービンストラヴィンスキーといった作曲家は、自分の発想を盗んで堂々と名声を攫んだのだと勘違いしていた。皮肉なことだが、レビコフは、サロン音楽のつまらない曲によって最も名を知られている。20世紀音楽の作曲技法の初期の重要な先導者としてレビコフの役目はもっと広く知られるに値しよう。

Uncle Dave Lewis, All Music Guide

3つの小品は、アンサンブルにもなっている。

作品[編集]

オペラ[編集]

ピアノ曲[編集]

外部リンク[編集]