アルシメード

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Civil and Naval Ensign of France.svg
Bathyscaphe Archimede.jpg
アルシメード 1961年
経緯
建造: 1960年
就役: 1961年6月
現在: 1974年に退役,Cherbourgの博物館に保存
仕様
全長: 22 m
全幅: 5 m
全高: 9.1 m
重量: 200 t
積載量: 2,700 kg
乗員: パイロット1名,オブザーバー 2名
動力: 18.6 kW電動機1基
3.7 kWの電動機2基
後部推進器1基
機動用プロペラ2基
速度: 最大. 2.5ノット
潜水時間: 36 時間
深度: 11,000 m (運用)
30,500 m (理論上最大)
耐圧殻
耐圧殻直径: 2.4 m
材料: Cr-Ni-Mb-
壁の厚さ: 150 mm
重量: 19 t

アルシメード (Archimède) は1961年に建造されたフランスのバチスカーフである。ギリシャの科学者で哲学者でもあるアルキメデスに因んで命名された。

歴史[編集]

フランス海軍は世界で4番目のバチスカーフの計画を1955年に開始した。計画はPierre Willm と海軍士官のGeorges Houotが指揮した。それには前年試験されたFNRS-3の経験が盛り込まれていた。この計画はCNRSとベルギーのFNRSが支援した。1961年にツーロンで建造が開始され7月28日に竣工して同年地中海での試験潜水で深度2,300mに到達した。 1962年4月に日本まで回航され千島海溝の調査に従事した。この時の9,545mはトリエステ号が1960年10月に達成した記録に次ぐものだった。 その後数年間にわたって世界各地で潜水して1964年にはプエルトリコ海溝(アメリカ深度8,300m)、1965年には地中海のギリシャ沖で5,110m、1966年にはマデイラ諸島4,390 m、1967年には千島海溝で9,260mに到達した。これらの潜水調査により生物学地質学地球物理学上の科学的知見が得られた。

1968年にはツーロンに回航され沈没したミネルバ潜水艦の捜索に用いられた。2年後、同様に沈没したEurydiceの調査に従事した。また1970年には無人潜水試験で3,400mの深海に沈んだCyanaの回収に決定的な役割を果たした。これらの成果は後継機にも役立てられた。 1974年に退役して海軍のシェルブール工廠に保管された。2001年にアルシメードはシェルブール海軍博物館に展示された。

建造[編集]

トリエステのようなこれまでのバチスカーフとは対照的にアルシメードの浮力材は完全な船の形をしている。FNRS-3での運用を元に完成された。 真球の耐圧殻が浮力材内部に設置されている。この設計の背後にはバチスカーフは8ノットで回航出来るようにという海軍からの要望があった。 トリエステやFNRS-2のような最初のバチスカーフは扱いが困難で水上を回航する時しばしば嵐による高波で浮力材が損傷した。

この方法は垂直方向だけでなく水平方向の移動も可能にした。1973年、深度の2,680mの海底で岩石の資料を持ち帰る為に9km移動した。これも同様に大きな改善だった。浮力材の寸法は全長22.1m、全幅5mで全高9.1m、112.9トン又は170m³のガソリンが浮力材で57.5トンの重りがある。 耐圧殻はより保守的に作られている。クロム、ニッケル、モリブデンの合金鋼で15cmの厚みがある。直径は2.1mで19トンで理論上は30,000mの深度の水圧に耐えることが出来る。

さらにアルシメードは2.7トンの科学装置を運ぶ事が出来る。マニピュレータは船の固定装備である。乗員はパイロットと他の2名である。

ギャラリー[編集]

外部リンク[編集]

文献[編集]

  • Georges Houot, 20 ans de bathyscaphe, Éditions Arthaud, Paris, 1972 (frz.)
  • Riffaud, Claude / LePichon, Xaxier: Expedition „Famous“. 3000 Meter unter dem Atlantik, Verlag Kiepenheuer & Witsch, Köln 1977

関連項目[編集]

  • わだつみ - 小松左京の小説「日本沈没」に登場する架空の潜水艇。小説では、わだつみは本船(作中では「アルキメデス」と表記)と設計は同一であるとの記述がある。