アブドゥーラ・イブラヒム

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アブドゥーラ・イブラヒム
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アブドゥーラ・イブラヒム
基本情報
出生名 Adolph Johannes Brand
別名 ダラー・ブランド
ジャンル ジャズポストバップ英語版
職業 ピアニスト作曲家バンドリーダー
担当楽器 ピアノ
サックス
チェロ
活動期間 1955年-現在
公式サイト [1]
著名使用楽器
ピアノ

アブドゥーラ・イブラヒム(アラビア語:عبدالله إبراهيم、英語:Abudullah Ibrahim、1934年10月9日生まれ) は南アフリカ人のピアニスト作曲家である。以前はダラー・ブランド(Dollar Brand)という名で知られていた。

イブラヒムは幼少時代をケープタウン港湾地域で過ごし、伝統的なアフリカの歌やゴスペルラーガからモダン・ジャズやその他の西洋音楽に至るまで多様な音楽の影響を受けた。彼の音楽はこの幼少時代の影響の多くを反映している。ジャズの範囲では特にセロニアス・モンクデューク・エリントンの影響が強く見られる。イブラヒムは南アフリカのジャズであるケープジャズの重鎮との評価をうけている。妻はジャズシンガーのサティマ・ビー・ベンジャミンで息子はニューヨークのアンダーグラウンドシーンで活躍するジーン・グレイである。

バイオグラフィー[編集]

キャリア初期[編集]

1959年から1960年に彼はソフィアタウンキッピー・ムケッツィヒュー・マセケラとともにザ・ジャズ・エピストルズを結成しプレイした。エピストルズは1960年に黒人南アフリカ人による初めてのジャズのLPレコードを録音した。その後イブラヒムはミュージカル、キングコングのヨーロッパツアーに参加した。

ヨーロッパへ移動[編集]

1962年にイブラヒムはヨーロッパへ移り住む。1963年2月、イブラヒムと結婚前のサティマ・ビー・ベンジャミン(1965年に結婚)がチューリッヒにいたデューク・エリントンに当時「ダラー・ブランド・トリオ」としてチューリッヒの「アフィリカーナクラブ」で演奏していたイブラヒムの演奏を聞きに来ないかと説得した。ショーが終わった後、エリントンがリプリーズ・レコードとのレコーディングセッションを取り計らい、イブラヒムは"Duke Ellington presents The dolla Brand Trio"を録音するに至った。第二弾の録音にはデューク・エリントンビリー・ストレイホーンがピアノで参加し、妻のベンジャミンがヴォーカリストとして参加したが、1996年まで公開されずにいた。この作品は現在"A morning in Paris"としてサティマ・ビー・ベンジャミン名義で発表されている。その後ダラー・ブランド・トリオ(ジョニー・ゲーツベースマカヤ・ンショコドラム)は、多くのヨーロッパのフェスティバルで演奏し、ラジオやテレビでも演奏している。

南アフリカとケープ・ジャズ[編集]

彼はイスラム教に改宗した後、1970年代中盤に南アフリカに少しの間戻る。イスラム教への改宗をきっかけにダラー・ブランドからアブドゥーラ・イブラヒムへと名前を変えた。不安定な政治情勢を見た彼は、1976年にはすぐにニューヨークへと戻ったのだが、しかしその間に著名なケープタウンのミュージシャン(バジルコージー、ロビー・ジャンセンを含む)といくつかのすぐれた録音を残した。これらの独創的な録音はケープジャズという新しいサウンドの大きな力となった。名曲"Mannenberg"(アメリカでのリリース時は"Capetown Fringe")や南アフリカで有名な作曲である"Black lightning"、"African Herbs"、"Soweto Is Where It Is At"はこの時期の曲である。これらはストリートや黒人地区のサウンドを反映した曲で、"Mannenberg"は「非公式の南アフリカの国歌」、反アパルトヘイト運動の旋律と考えられるようにまでなった。 サキスフォン、フルート奏者のカルロス・ワードは1980年代初頭にサイドマンとしてイブラヒムとデュエットで演奏している。

映画音楽[編集]

イブラヒムは"Chocolat"(1988)、"No Fear No Die"(1990)などの多数の映画で音楽を担当している。アパルトヘイトが終焉するとともにケープタウンに戻り、今では世界各国でのコンサートと、ニューヨーク南アフリカで活動している。また、2002年のドキュメンタリー映画"Amandla! A Revolution in Four-Part Harmony"にも参加し、アパルトヘイトの時代を思い起こしている。

近年の活動[編集]

イブラヒムはソロピアニストとして曲間の休止を含まないで連続して演奏するスタイルの魅惑的なコンサートを行なってきた。そこには古いマラビの演奏者のパワーやクラシック印象派の作曲家たち、彼のヒーローであったデューク・エリントンファッツ・ウォーラーからの影響を見ることができる。また、トリオやカルテット、大勢のジャズオーケストラでの演奏もよくしている。1990年代に南アフリカへ戻ってからはオーケストラとの共演も多く、ネルソン・マンデラ大統領の就任時にも演奏している。また音楽教育にも力を入れており、ケープタウンのミュージシャンのために「M7」音楽学校を創設し、2006年9月には18人編成のビッグバンドであるケープタウン・ジャズオーケストラを創設している。
イブラヒムの曲"African Marketplace" は広範な人気を獲得しており、スウェーデン共産党が演説や会議の度に曲をかけているほどである。イブラヒムはヨーロッパを中心に国際的に活動を続けている。
2010年6月26日に放送されたNHK-BSのドキュメンタリー番組に出演している。番組内では南アフリカの7箇所の美しいスポットで自身の曲を演奏している。ピアノは地面に直接置かれており、壮大な自然環境と音楽を共鳴させている。

ディスコグラフィー[編集]

リーダー作[編集]

  • 1960: Jazz Epistle Verse 1
  • 1964: Duke Ellington presents The Dollar Brand Trio
  • 1965: The Dream
  • 1965: Anatomy of a South African Village (Black Lion Records)
  • 1965: This is Dollar Brand (Black Lion)
  • 1975: Confluence (with Gato Barbieri aka Hamba Kahle)
  • 1969: African Sketchbook
  • 1969: African Piano
  • 1973: Good News from Africa
  • 1973: African Space Program
  • 1974: Ancient Africa
  • 1974: African Breeze (East Wind Records)
  • 1976: Banyana – Children of Africa
  • 1977: The Journey
  • 1977: Streams of Consciousness
  • 1977: Buddy Tate Meets Dollar Brand (Chiaroscuro Records)
  • 1978: Anthem for the New Nations
  • 1978: Autobiography
  • 1978: Soweto
  • 1979: Echoes from Africa
  • 1979: African Marketplace
  • 1979: Africa Tears and Laughter
  • 1980: Dollar Brand at Montreux
  • 1982: African Dawn
  • 1983: Ekaya
  • 1983: Zimbabwe
  • 1985: Water From an Ancient Well
  • 1986: South Africa
  • 1988: Mindif
  • 1989: Blues for a Hip King
  • 1989: African River
  • 1989: The Mountain (selections from two earlier albums: Ekaya and Water From an Ancient Well)
  • 1990: No Fear, No Die
  • 1991: Mantra Mode
  • 1993: xnysna Blue
  • 1994: African Sun
  • 1995: Yarona
  • 1997: Cape Town Flowers
  • 1998: Township One More Time
  • 1999: African Suite
  • 2000: Cape Town Revisited
  • 2001: Ekapa Lodumo
  • 2002: African Magic
  • 2008: Senzo
  • 2009: Bombella
  • 2010: Sotho Blue (& Ekaya)

サイドマン[編集]

  • Midnight Walk (Atlantic, 1966)