アネット・オルゾン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
アネット・オルゾン
Anette Olzon
2007年、シアトル Showbox にて}
2007年、シアトル Showbox にて
基本情報
出生名 Anette Olzon
出生 1971年6月21日(43歳)
スウェーデンの旗 スウェーデン
セーデルマンランド県
カトリーネホルム
出身地 スウェーデンの旗 スウェーデン
スコーネ県 ヘルシンボリ
ジャンル シンフォニック・メタル
AOR
ヘヴィ・メタル
ソウル・ミュージック
ポップス
職業 歌手
担当楽器 ヴォーカル,ピアノオーボエ[1]
活動期間 1988年 -
共同作業者 ナイトウィッシュ
アリソン・アヴェニュー

アネット・オルゾンAnette Olzon、結婚後 Anette Blyckert、1971年6月21日 - )は、スウェーデン出身の歌手。2007年から2012年10月までフィンランドシンフォニック・メタルバンドナイトウィッシュのリード・ボーカリストとして活動していた。それ以前はスウェーデンの AOR バンド、アリソン・アヴェニューなどで活動していた。

経歴[編集]

生い立ち[編集]

オルゾンは1971年6月21日にスウェーデンのカトリーネホルムに生まれる。幼少期はオーボエを吹き、母の所属するバンドと一緒にツアーしては時折ステージで歌っていた[1]。13歳の時に様々なタレント番組に出場するようになり、一方で音楽を学びつつデンマークヘルシンゲアにある Music Conservatorie で歌った。

17歳の時に短期間ではあるが Take Cover というバンドに入る。その後21歳でロック・オペラ・グループ Gränsland でリード・シンガーを務める。マイケル・ボーマン(元ジェイデッド・ハート)のアルバム『Conspiracy』でデュエットもしている。

アリソン・アヴェニュー[編集]

オルゾンは1989年に AOR バンド、アリソン・アヴェニューに加入し、男性ボーカリストのあとを継いだ。バンドは1999年に頒布したデモで大きな反響を受け、すぐに複数のレーベルとコンタクトを開始した。主な作曲者でキーボーディストのニクラス・オルソンはバンドを集めて4曲のデモを録音、その結果 AOR Heaven と契約した。

デビュー・アルバム『Presence of Mind』は2000年11月にリリースされてレビューで絶賛された。続くアルバム『Omega』は2003年にリリース。バンドは2006年には活動を休止し、オルゾンは翌2007年にナイトウィッシュに加入することとなった。他のバンド・メンバーは新人の男性ボーカリストとともにサファイアというバンドを立ち上げている。

ナイトウィッシュ[編集]

オルゾンがターヤ・トゥルネンに代わる新しいリード・シンガーとしてナイトウィッシュに加わったのは2007年初頭で、2000人の応募者とその中の最終候補10人から選ばれている。彼女の正体が明らかになったのは2007年5月24日であった。その翌日、インターネット・シングル「Eva」がリリースされた。

2012年10月1日、ナイトウィッシュ脱退が発表された[2]。脱退の理由は、音楽性の齟齬の拡大で、それが回復不可能であると判断されたため[2]

ディスコグラフィ[編集]

アリソン・アヴェニュー[編集]

  • Presence of Mind (2000)
  • Omega (2003)

ナイトウィッシュ[編集]

客演[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b Anette Olzon (HTML)” (日本語). Nightwish.jp. 2007年6月30日閲覧。
  2. ^ a b Please statement...|Facebook”. Nightwish Official Facebook (2012年10月1日). 2012年10月13日閲覧。