アサクサノリ

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アサクサノリ
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: アーケプラスチダ Archaeplastida
: 紅色植物門 Rhodophyta
: 紅藻綱 Rhodophyceae
: ウシケノリ目 Bangiales
: ウシケノリ科 Bangiaceae
: アマノリ属 Pyropia
: アサクサノリ P. tenera
学名
Pyropia tenera (Kjellman) N. Kikuchi, M. Miyata, M. S. Hwang et H. G. Choi[1]
和名
アサクサノリ
英名
Nori

アサクサノリ(浅草海苔、学名Pyropia tenera)は、ウシケノリ科アマノリ属に分類される紅藻海藻で、海苔の1種。 浅草苔とも。

分布[編集]

野生種は東アジアの一部(日本朝鮮半島)に分布する。

日本では北海道から九州までに分布し、養殖されていた 1960年代までは太平洋側各地の内湾に分布していた。

その後、1962年頃には愛媛県西條市玉津にてオオバアサクサノリが、1970年頃には千葉県袖ケ浦町奈良輪にてナラワスサビノリが、いずれも養殖漁業者の手で確立され、これらの病気に強く育てやすい養殖品種が普及することでアサクサノリ野生種の養殖がされなくなった。

特徴[編集]

葉状体は主に倒披針形で、雌雄同株体と雄性体がある。

葉状体は、葦や木の杭などにつき9月下旬頃から生育しはじめ、12月〜2月頃に最も成熟する。その他の時期は貝殻などに穿孔して糸状体で過ごす。

保全状況評価[編集]

絶滅危惧I類(CR+EN)環境省レッドリスト[2]

日本環境省のレッドリストでは、1997年版の初版から絶滅危惧I類に評価されている[3]

野生種の養殖がなされなくなった(分布参照)ことに加え、干拓埋立水質汚染などで自生に適した環境が失われることにより自生地が激減、レッドデータブック編纂時に行われた環境庁(当時)の調査では生育が確認された場所が全国4箇所の干潟のみとなっている。なお、最近の調査では全国で 8箇所の自生地が見つかっている。

浅草海苔[編集]

徳川家康江戸入りした頃の浅草寺門前で獲れたアサクサノリを和紙の技法で板海苔としたのがものを『浅草海苔』と呼ぶようになった。当時は焼かずにいたが、その後に焼き海苔として使用するようになった。

江戸時代隅田川下流域で養殖された江戸名産のひとつで、和名は岡村金太郎による。名の由来は、江戸浅草で採取、販売、製造されたため、など諸説ある。

海苔の種類の中では、味、香り共に一級品であるが、養殖に非常に手間がかかり、また、傷みやすく病気にもかかりやすいため養殖が難しく、希少であり、高級品である。

採取年代は古く「元亀天正の頃」と記す書物もあるが、永禄から天正年間には浅草は海から遠ざかっており、徳川家康の入府(1589年)以後の江戸時代初期には干拓により海苔の採取が不可能になっている。下総国の葛西で採れた海苔などが加工されて販売されつづけ、消費地である江戸の市街地造成や隅田川の改修などにより浅草が市や門前町として発展すると評判が上がり、江戸の発展とともに「浅草」を冠せられるようになったと考えられている。

寛永15年(1638年)に成立した松江頼重毛吹草』には諸国の名産が列記されており、浅草海苔は品川海苔とともに江戸名産のひとつにあげられている。また、江戸時代には高僧により食物の名が命名される伝承があるが、浅草海苔も精進物として諸寺に献上され、これが幕府の顧問僧で上野寛永寺を創建した天海の目に留まり命名されたとする伝承がある。

浅草はの産地としても知られ、享保年間には紙抄きの技術を取り入れた抄き海苔も生産されるようになった。

脚注[編集]

  1. ^ Sutherland et al.. “A NEW LOOK AT AN ANCIENT ORDER: GENERIC REVISION OF THE BANGIALES (RHODOPHYTA)”. J. Phycol. 47 (5): 1131-1151. doi:10.1111/j.1529-8817.2011.01052.x. 
  2. ^ 哺乳類、汽水・淡水魚類、昆虫類、貝類、植物I及び植物IIのレッドリストの見直しについて(2007年8月3日)
  3. ^ 植物版レッドリストの作成について(1997年8月28日)

参考[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]