へんば餅

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へんばや商店本店(伊勢市小俣町明野)
へんばや商店宮川店(伊勢市西豊浜町)
旧宮川店(2009年10月撮影)

へんば餅(へんばもち)は、三重県伊勢市有限会社へんばや商店が製造販売する商品である。

目次

[編集] 概要

本店は伊勢市小俣町明野、宮川店は伊勢市西豊浜町にある。餅は丸く平らに潰した形で、両面に焼き色があり、餅の中に漉し餡が入っており、餅は独特の食感である。

名前の由来は「返馬」(へんば)から来ているとされ、各地から等で伊勢神宮を参拝する人達が宮川を渡る際に、馬を返させる場所があった。そこで振舞った茶菓子であることから付けられた名前であるという。ただし、当時の馬を返していた場所と現在の店舗の位置は一致しない。また、痘痕(あばた)の方言「へんば」との関係も指摘されている。

1個70円で販売しており、他にも「さわ餅」「赤飯」「昆布」等を扱っている。

[編集] 沿革

  • 安政4年(1775年)2月 - 創業。
  • 1943年(昭和18年) - 太平洋戦争により休業。
  • 1954年(昭和29年)12月 - 営業再開。
  • 1976年(昭和51年) - 有限会社化[1]
  • 1978年(昭和53年)3月 - 宮川店開店。
  • 2009年(平成21年)10月26日 - 宮川店の新築工事に伴い、本店・宮川店共に休業[2]
  • 2009年(平成21年)11月30日 - 宮川店の新築工事の完了に伴い、本店・宮川店共に営業再開[3]
  • 2010年(平成22年) - 宮川店が2010年度のグッドデザイン賞を受賞[4]
  • 2011年 (平成23年)9月 - 伊勢おはらい町店を開店。

[編集] 原材料表記不正事件

2007年10月31日、原材料表示に「水あめ」と「食塩」を記載していなかったとへんばや商店からの申し出があり、三重県農水商工部と伊勢保健所は、11月1日JAS法違反の疑いで本店に立ち入り検査を行った。その結果、原材料の表示漏れ以外に、原材料の表示順が重量順ではなかったこと、一部の商品で消費期限以外の表示が購入時に見えないことが新たに判明、へんばや商店は伊勢保健所からの指導を受けて11月3日から表示を訂正した。その後、11月30日に伊勢保健所は食品衛生法違反に対して始末書処分、三重県農水商工部はJAS法違反に対し文書指導を行った。[5][6][7]

[編集] 「へんば」の語源

「へんば餅」の由来については、参宮道中の「返馬所」で売られた餅であるからと、製造元であるへんばや商店が公式に示しており、広く知られている。

しかし、「返馬」もしくは「返馬所」という語は、当由来伝承以外に用いられる例がなく、また江戸期の庶民がこれを「へんば」と読んだとすることも学際的な考証がない。

「へんば」という語句を調べると、折口信夫の「三郷巷談」に「あばた(痘痕)」の方言(大阪)という記事がある。現在ではほとんど用いられることがないが、三重県南部から奈良県、大阪府にかけて用例が見られた。

また、三重県の東紀州地方には、小麦粉に砂糖を練りこんで円盤状にしたものを鉄板で焼き焦げ目をつけた郷土食「へんば焼き」があり、その名の由来は表面の焦げ目が「あばた」つまり「へんば」に似ていることからとされている。

  • 「へんば餅」の由来伝承

 地元では、次のような昔話が残っている。

昔々、この付近の村で疱瘡が流行し人々は大変苦しんだ。奥乃という娘の家も、家族のほとんどが疱瘡にかかったが、奥乃だけは元気であった。奥乃は器量もよく優しく、病に付した家族の面倒も良く見た。また、医療という医療、薬という薬がない時代、奥乃は、参宮に向かう人が馬をつなぎ、馬を帰す「返馬所」に建てられた鳥居前から伊勢神宮を拝み、家族の回復を祈っていた。
ある日のこと、病気で疲れた父親が「顔のあばたを見て手当てをしたい。鏡を探してきてくれ」と頼むが、この時代、鏡などはよほど裕福な家しかなく娘は困ってしまった。鏡を手に入れるすべもなく、何とか父親に顔の様子を見せてやりたいと奥乃は思案にくれた。
ある日、米櫃の中の米を見て、父親の気を紛らわすために好物の「おたふく餅」を作ることを思いついた。餅をつき、おたふく餅ができあがり、おたふく餅に網で焦げ目をつけて焼いていると、餅の焦げ目が父親のあばた顔そっくりになった。奥乃は、早速床にいる父親のところに持っていき「これはお父さんの顔にそっくりじゃ」と言って渡すと、父親は喜んで「私の顔はこのようになっておるのか」と、餅を表にしたり裏にしたり見ているうちに、父親の顔色はしだいに良くなり、あばたも綺麗におちた。奥乃はすぐに、兄姉にも食べさせると、見る見るうちに疱瘡が治った。
それでこの村の人々は、この餅菓子を売り出すことにした。村人たちが餅の名前を「鏡餅」にしようか「焼餅」にしようか錯誤していると、近所の老婆が「奥乃がいつも返馬所のところで伊勢神宮を拝んだおかげで病が治ったのだから、『返馬餅』じゃ」と言った。こうして「へんば餅」と名付けられ、返馬所で売り出されるようになった。
そして返馬所一帯から疱瘡は消えうせたと語り継がれている。

 「へんば」と「あばた」を連想させる語り伝えである。おそらく本来は「痘痕」に由来するものであったのを、食べ物を病痕になぞらえるのを嫌って、後世に参宮街道の三宝荒神鞍掛の馬の話と結びつけ、「返馬」の文字を当てたものと思われる。さほどに歴史のある名物餅である。


[編集] 参考文献

  • 『小俣町史 通史編』(小俣町史編さん委員会、昭和63年11月3日小俣町発行)696-697ページ

[編集] 脚注

  1. ^ 2007年11月4日付 伊勢新聞の記事より
  2. ^ 公式サイトによる(2009年11月8日閲覧)
  3. ^ 公式サイトによる(2009年12月2日閲覧)
  4. ^ Good Design Award(2011年1月23日閲覧)
  5. ^ 2007年11月5日付 朝日新聞 名古屋朝刊、読売新聞 中部朝刊、中日新聞 朝刊の記事より
  6. ^ 2007年12月1日付 朝日新聞 名古屋朝刊、毎日新聞 中部朝刊、中日新聞 朝刊の記事より
  7. ^ 有限会社へんばや商店に対する調査結果及び措置について(三重県庁ホームページ) WebArchiveによる保存
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[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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