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臨床データ
販売名 Humulin R, Novolin R, Actrapid, others[2][1]
Drugs.com monograph
MedlinePlus a682611
ライセンス US Daily Med:リンク
胎児危険度分類
  • US: B
法的規制
投与経路 subcutaneous, intramuscular, intravenous[1]
薬物動態データ
作用発現30 minutes
作用持続時間8 hours
識別
CAS番号
9004-10-8 チェック
11061-68-0 (insulin human)
ATCコード A10AB (WHO)
ChemSpider none
UNII 1Y17CTI5SR チェック
別名 insulin injection (soluble),[1] neutral insulin,[1] regular human insulin, human insulin (regular)
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臨床データ
販売名 Novolin N, Humulin N, Insulatard, others
Drugs.com monograph
MedlinePlus a682611
胎児危険度分類
  • US: B
法的規制
投与経路 Subcutaneous
薬物動態データ
作用発現90 minutes[3]
作用持続時間24 hours[3]
識別
CAS番号
53027-39-7
ATCコード A10AC (WHO)
PubChem CID: 24839622
ChemSpider none
KEGG D04547
別名 Neutral protamine Hagedorn insulin,[4]
protamine zinc insulin (slightly different),[1]
isophane insulin,[1]
compound insulin zinc suspension (slightly different),[1]
intermediate-acting insulin
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インスリン製剤とは、膵臓から分泌される血糖降下作用を持つペプチドであるインスリンを製剤化したものである。黎明期にはウシやブタのインスリンが用いられたが1970年代終盤よりヒトインスリンが用いられる様になった。更に1990年代後半からは、アミノ酸を改変した超速効性または持効性インスリンが上市された。

速効性インスリンまたはレギュラーインスリン(Regular insulin)は、短時間作用型インスリンの一種である[1]1型糖尿病2型糖尿病妊娠糖尿病糖尿病性ケトアシドーシス高浸透圧高血糖症候群等の糖尿病合併症の治療に使用される[5]。また、グルコースと共に、高カリウム血症の治療にも使用される[6]。通常、皮下注射で投与されるが、静脈筋肉に注射して使用される事もある[1]。効果の発現は通常30分後で、通常8時間持続する[5]

中間型インスリン(Neutral Protamine Hagedorn insulin,NPHインスリン、中性プロタミンハーゲドンインスリン)は、イソフェンインスリン(Isophane insulin)とも呼ばれる中時間作用型インスリンであり、糖尿病患者の血糖値コントロールを助ける為に投与される[3]。1日1~2回、皮下注射で使用する[4]。効果は通常90分以内に現れ、10~16時間程度持続する[3]

速効型インスリンと中間型インスリンが混合された製剤も存在する[1]

一般的な副作用は、低血糖である[3]。その他の副作用としては、注射部位の痛みや皮膚の変化、低血中カリウム、アレルギー反応などが考えられる[3]。妊娠中の使用は、胎児には比較的安全とされる[3]。NPHインスリンは、通常のインスリンとプロタミンを正確な割合で亜鉛フェノールと混合し、中性pHを維持し結晶を形成するように製造されている[4]

インスリンは、1922年にチャールズ・ベストとフレデリック・バンティングによってカナダで初めて薬として使用された[7]。プロタミンインスリンは1936年に、NPHインスリンは1946年に初めて作られた[4]世界保健機関(WHO)の必須医薬品リストに掲載されている[8]

効能・効果

インスリン製剤は、糖尿病の長期管理に使用される[3]他、糖尿病性ケトアシドーシス高浸透圧高血糖症候群という2つの糖尿病性緊急症に対する治療法として選択され得る[3]が、緊急症の治療には超速効性製剤の方が適していると思われる。また、高カリウム血症の患者のカリウム値を下げる為に、ブドウ糖と併用する事もある[6]

副作用

副作用として、低血糖、注射部位の皮膚反応、血中カリウム低下アナフィラキシーショック(呼吸困難、血圧低下、頻脈、発汗、全身の発疹等)、血管神経性浮腫等が考えられる[3]

薬物動態

速効性インスリンは投与後30分~1時間で効き始め、1~3時間で作用が最大となり、5~8時間効果が持続する[9]

NPHインスリンは白濁しており、投与後徐々に溶解して30分~3時間で作用が発現する。ピークは2~12時間で、持続時間は18~24時間程度と、製剤により異なる[10]。作用時間は中程度で、通常のインスリン(速効型)よりも長く、持効型インスリンよりも短い。

日本で健常男性を対象とした臨床試験を行った結果では、NPHインスリンの血中濃度ピークは94分[11](速効型インスリン[注 1]は52.7分[12])であり、ピークの形もドーム状(通常型インスリンは三角形)であり、濃度変化は緩やかであった。即効性を期待しかつ濃度変化を更になだらかにすべく 速効型:NPH=3:7 に混合した製剤も市販されており、食後の急激な血糖上昇を抑えられるとされている[13]

臨床

性状

速効型インスリンはヒトインスリン亜鉛を加えて六量体化させた澄明な製剤である。

NPHインスリンは速効型インスリンにプロタミン亜鉛を加えて結晶化させた製剤であり、白濁している。NPHの名称は、中性pH(pH=7、neutral)、プロタミン(タンパク質、protamine)、ハンス・クリスチャン・ハーゲドルン(インスリン研究者、Hagedorn)に由来している。

歴史

ハンス・クリスチャン・ハーゲドン英語版(1888-1971)とアウグスト・クローグ(1874-1949)は、カナダ・トロントのBanting and Bestからインスリンの権利を取得した。1923年に彼らはNordisk Insulin laboratoriumを設立し、1926年にはAugust Kongstedとともに非営利財団としてデンマーク王室の認可を取得した。

1936年、ハーゲドンとB・ノルマン・イェンセンは、インスリン注射の効果を延長する為にカワマス白子または精液から得たプロタミンを添加する事を発見した。その後、カナダのトロント大学がプロタミン亜鉛インスリン(PZI)のライセンスを取得し、幾つかのメーカーに供給した。この混合液は注射の前に振るだけでよい。PZIの効果は24〜36時間持続するが不安定であった。

年表

  • 1922年1月11日、カナダのトロント総合病院で14歳の重症糖尿病患者に「ウシの膵臓抽出液」(インスリンを含む)が注射されるが血糖の効果は僅かであった[14]
  • 1922年1月23日、同患者に再度作成した抽出液を注射した処、血糖は520mg/dLから120mg/dLまで低下し、尿糖はほぼ消失した[15]。これが糖尿病のインスリン初治療例となった。
  • 1922年、ブタ膵臓より抽出されたインスリン製剤が使用され始めた[16]
  • 1923年、日本にもブタインスリン製剤が輸入され始めた。
  • 1936年、ハーゲドンがインスリンにプロタミンを加えるとインスリンの効果が持続する事を発見した。インスリンとプロタミンの混液は注射の為にpH7にする必要があった[注 2]
  • 1936年、カナダ人のD.M.スコットとA.M.フィッシャーが亜鉛インスリン混合物を調合した。(Protamine Zinc Insulin;PZI)
  • 1946年、プロタミンとインスリンの混合物が結晶化された。(Neutral Protamine Hagedorn;NPH)
  • 1941-1968年、日本でマグロなどの魚やクジラからインスリンが抽出され市販された[17]
  • 1950年、NPHインスリンが発売された。
  • 1953年、持続型亜鉛懸濁インスリンが発売された[18]
  • 1959年、無晶性ブタインスリンと結晶型ウシインスリンを混合した二相性インスリンが発売された[17]
  • 1978年、ブタインスリンB鎖C末端のAlaThrに直接交換する手法によりヒトインスリンが合成された[18][19]
  • 1981年、大腸菌プラスミド遺伝子を組み入れてヒトインスリンを生産させる手法によりヒトインスリンが合成された[18][20]
  • 1985年、遺伝子組換えヒトインスリン製剤が日本で承認された。
  • 1987年、酵母を用いた組換え遺伝子技術によりヒトインスリンが合成された[18]
  • 1990年代、アミノ酸改変インスリンであるX10インスリン[注 3]が細胞増殖活性[注 4](乳腺腫瘍の発生)により開発中止となった[21][22]
  • 1995年、6量体を形成しない超速効型インスリンが発売された[18]
  • 2000年、効果が24時間概ね安定して継続する持効型インスリン製剤が発売された[23]
  • 2001年、超速効型インスリン製剤が日本で発売開始された[22]
  • 2003年、持効型インスリン製剤が日本で承認された[24]

関連項目

脚注

注釈

  1. ^ プロタミンを含まない。
  2. ^ pHが低いと注射時疼痛が強い為。
  3. ^ B鎖10番目のヒスチジンがアスパラギン酸に置換されており、亜鉛と結合しない。
  4. ^ IGF-1(Insulin-like growth factor 1)活性による。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j British national formulary: BNF 69 (69 ed.). British Medical Association. (2015). pp. 464–472. ISBN 9780857111562 
  2. ^ insulin regular human (OTC) – Humulin R, Novolin R”. 2014年12月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年12月1日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j Insulin Human”. The American Society of Health-System Pharmacists. 2016年10月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年1月8日閲覧。
  4. ^ a b c d Owens, D. R. (1986). Human Insulin: Clinical Pharmacological Studies in Normal Man. Springer Science & Business Media. pp. 134–136. ISBN 9789400941618. オリジナルの2017-01-18時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170118052228/https://books.google.ca/books?id=r6OhBQAAQBAJ&pg=PA134 
  5. ^ a b Insulin Human”. drugs.com. 2016年10月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年1月1日閲覧。
  6. ^ a b Mahoney, BA; Smith, WA; Lo, DS; Tsoi, K; Tonelli, M; Clase, CM (18 April 2005). “Emergency interventions for hyperkalaemia.”. The Cochrane Database of Systematic Reviews (2): CD003235. doi:10.1002/14651858.CD003235.pub2. PMC 6457842. PMID 15846652. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6457842/. 
  7. ^ Fleishman, Joel L.; Kohler, J. Scott; Schindler, Steven (2009). Casebook for The Foundation a Great American Secret.. New York: PublicAffairs. p. 22. ISBN 978-0-7867-3425-2. オリジナルの18 January 2017時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170118063518/https://books.google.com/books?id=5RmHA1SAoAgC&pg=PA22 
  8. ^ World Health Organization model list of essential medicines: 21st list 2019. Geneva: World Health Organization. (2019). hdl:10665/325771. WHO/MVP/EMP/IAU/2019.06. License: CC BY-NC-SA 3.0 IGO 
  9. ^ 速効型インスリン”. 糖尿病リソースガイド. 2022年1月17日閲覧。
  10. ^ 中間型インスリン”. 糖尿病リソースガイド. 2022年1月17日閲覧。
  11. ^ ヒューマリンN注100単位/mL 添付文書”. www.info.pmda.go.jp. 2022年1月16日閲覧。
  12. ^ ヒューマリンR注100単位/mL 添付文書”. www.info.pmda.go.jp. 2022年1月16日閲覧。
  13. ^ ヒューマリン3/7注100単位/mL 添付文書”. www.info.pmda.go.jp. 2022年1月16日閲覧。
  14. ^ インスリンの発見まで” (アルバニア語). www.club-dm.jp. 2022年1月16日閲覧。
  15. ^ 粟田卓也「1.インスリンの発見」『インスリン製剤の変遷をたどる』メディカル・ジャーナル社、2013年12月16日http://www.saitama-med.ac.jp/uinfo/mnaika4/pdf/ditn2011-06.pdf 
  16. ^ 粟田卓也「2.治療薬としてのインスリンの誕生」『インスリン製剤の変遷をたどる』メディカル・ジャーナル社、2013年12月16日http://www.saitama-med.ac.jp/uinfo/mnaika4/pdf/ditn2011-09.pdf 
  17. ^ a b 粟田卓也「3.動物インスリンとハーゲドンの時代」『インスリン製剤の変遷をたどる』メディカル・ジャーナル社、2013年12月16日http://www.saitama-med.ac.jp/uinfo/mnaika4/pdf/ditn2011-11.pdf 
  18. ^ a b c d e インスリン製剤の基礎知識”. 日本薬剤師会. 2022年1月17日閲覧。
  19. ^ 粟田卓也「4.ヒトインスリンを目指して~半合成ヒトインスリン製剤の開発~」『インスリン製剤の変遷をたどる』メディカル・ジャーナル社、2013年12月16日http://www.saitama-med.ac.jp/uinfo/mnaika4/pdf/ditn2012-02.pdf 
  20. ^ 粟田卓也「5.遺伝子工学によるヒトインスリン製剤」『インスリン製剤の変遷をたどる』メディカル・ジャーナル社、2013年12月16日http://www.saitama-med.ac.jp/uinfo/mnaika4/pdf/ditn2012-04.pdf 
  21. ^ 粟田卓也「6.新たなインスリンを求めて~単量体インスリンの開発~」『インスリン製剤の変遷をたどる』メディカル・ジャーナル社、2013年12月16日http://www.saitama-med.ac.jp/uinfo/mnaika4/pdf/ditn2012-07.pdf 
  22. ^ a b 粟田卓也「7.超速効型インスリン製剤の誕生~インスリンアナログの時代へ~」『インスリン製剤の変遷をたどる』メディカル・ジャーナル社、2013年12月16日http://www.saitama-med.ac.jp/uinfo/mnaika4/pdf/ditn2012-09.pdf 
  23. ^ 粟田卓也「8.持効型溶解インスリン製剤の誕生」『インスリン製剤の変遷をたどる』メディカル・ジャーナル社、2013年12月16日http://www.saitama-med.ac.jp/uinfo/mnaika4/pdf/ditn2012-11.pdf 
  24. ^ 糖尿病の情報連携 | 東京女子医科大学 糖尿病センター”. twmu-diabetes.jp. 2022年1月16日閲覧。