「短鎖脂肪酸」の版間の差分

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== 反芻動物における役割 ==
== 反芻動物における役割 ==
摂取した飼料が[[反芻]]胃内で[[微生物]]の発酵を受ける[[反芻動物]]においては、この発酵の際に生じる短鎖脂肪酸(主に酢酸、プロピオン酸、酪酸)が主なエネルギー源となる。
摂取した飼料が[[反芻]]胃内で[[微生物]]の発酵を受ける[[反芻動物]]においては、この発酵の際に生じる短鎖脂肪酸(主に酢酸、プロピオン酸、酪酸)が主なエネルギー源となる。
反すう胃内で生成した酪酸の多くは反すう胃粘膜で[[β-ヒドロキシ酪酸]]に換されるため、肝[[門脈]]に現れるのはおよそ10分の1となる。このとき生成されるβ–ヒドロキシ酪酸も反すう家畜にとってはエネルギー源となる。
反すう胃内で生成した酪酸の多くは反すう胃粘膜で[[β-ヒドロキシ酪酸]]に換されるため、肝[[門脈]]に現れるのはおよそ10分の1となる。このとき生成されるβ–ヒドロキシ酪酸も反すう家畜にとってはエネルギー源となる。また、プロピオン酸の多くは[[肝臓]]で[[糖新生]]に利用され、反芻動物の糖要求の多くはプロピオン酸からの糖新生によってまかなわれる。
また、プロピオン酸の多くは[[肝臓]]で[[糖新生]]に利用され、反芻動物の糖要求の多くはプロピオン酸からの糖新生によってまかなわれる。


==ヒトにおける役割==
== ヒトにおける役割 ==
ヒトの体内でも腸内細菌が食物繊維を発酵する際に短鎖脂肪酸を作り出し、健康維持に欠かせない役割を果たしている。ヒトの場合、酢酸、プロピオン酸、酪酸の3種が代表的な短鎖脂肪酸である<ref>須藤信行、[https://www.jstage.jst.go.jp/article/jim/19/1/19_1_25/_article/-char/ja/ ストレスと腸内フローラ] 腸内細菌学雑誌 Vol.19 (2005) No.1 P25-29, {{DOI|10.11209/jim.19.25}}</ref><ref>青江誠一郎ら、食物繊維の生理作用‐腸内環境の改善、“食物繊維-基礎と応用”、第一出版、pp162-163, 2008年</ref>。ヒトの体で短鎖脂肪酸が作られる部位は腸内細菌が多い大腸で、作られた短鎖脂肪酸は大腸から体内に吸収される。吸収された短鎖脂肪酸のうち、酪酸は大腸上皮細胞のエネルギー源として利用され、酢酸とプロピオン酸は肝臓や筋肉で代謝利用される<ref name="hara">{{cite journal |author=原 博 |title=プレバイオティクスから大腸で産生される短鎖脂肪酸の生理効果 |journal=腸内細菌学雑誌 |volume=16 |pages=35-42 |year=2002 }}</ref>。また、短鎖脂肪酸の[[受容体]]が全身の様々な部位にあり、短鎖脂肪酸はこれらの部位の生体調節機能を果たしている。中には生活習慣病と密接な関係にあるものも多いことから、癌や肥満、糖尿病、免疫疾患を予防・治療する手段として活発に研究されている<ref name="kimura"> {{cite journal |author=木村郁夫 |title=腸内細菌叢を介した食事性栄養認識受容体による宿主エネルギー恒常性維持機構 |journal=YAKUGAKU ZASSHI |volume=134 |issue=10 |pages=1030-42 |year=2014}}</ref>。短鎖脂肪酸は体内に吸収される前の[[腸管]]でも重要な働きがある。短鎖脂肪酸は酸性の成分なので、短鎖脂肪酸ができると弱酸性の腸内環境になる。弱酸性であると[[悪玉菌]]の出す[[酵素]]の活性が抑えられるため、[[発がん性物質]]である[[二次胆汁酸]]や有害な[[腐敗]]産物ができにくくなり、腸内環境が健康に保たれる<ref>青江誠一郎ら、食物繊維の物理化学的性質‐発酵性、“食物繊維‐基礎と応用”、第一出版、pp117-118, 2008年</ref> また、弱酸性になることで[[カルシウム]]や[[マグネシウム]]などの重要な[[ミネラル]]が水溶性に変化するので、より体内に吸収しやすくなり、ミネラル不足を補うことができると言われている<ref name="hara" />。
ヒトの体内でも腸内細菌が食物繊維を発酵する際に短鎖脂肪酸を作り出し、健康維持に欠かせない役割を果たしている。ヒトの場合、酢酸、プロピオン酸、酪酸の3種が代表的な短鎖脂肪酸である<ref>須藤信行、[https://www.jstage.jst.go.jp/article/jim/19/1/19_1_25/_article/-char/ja/ ストレスと腸内フローラ] 腸内細菌学雑誌 Vol.19 (2005) No.1 P25-29, {{DOI|10.11209/jim.19.25}}</ref><ref>青江誠一郎ら、『[http://daiichi-shuppan.co.jp/filedir/book/pdf/b80-pref.pdf 食物繊維の生理作用‐腸内環境の改善]』、“食物繊維-基礎と応用”、第一出版、pp162-163, 2008年, ISBN 978-4804111919</ref>。ヒトの体で短鎖脂肪酸が作られる部位は腸内細菌が多い大腸で、作られた短鎖脂肪酸は大腸から体内に吸収される。吸収された短鎖脂肪酸のうち、酪酸は大腸上皮細胞のエネルギー源として利用され、酢酸とプロピオン酸は肝臓や筋肉で代謝利用される<ref name="hara">{{cite journal |author=原 博 |title=プレバイオティクスから大腸で産生される短鎖脂肪酸の生理効果 |journal=腸内細菌学雑誌 |volume=16 |pages=35-42 |year=2002 |url=https://www.jstage.jst.go.jp/article/jim1997/16/1/16_1_35/_article/-char/ja/ |DOI=10.11209/jim1997.16.35}}</ref>。また、短鎖脂肪酸の[[受容体]]が全身の様々な部位にあり、短鎖脂肪酸はこれらの部位の生体調節機能を果たしている。中には生活習慣病と密接な関係にあるものも多いことから、癌や肥満、糖尿病、免疫疾患を予防・治療する手段として活発に研究されている<ref name="kimura"> {{cite journal |author=木村郁夫 |title=腸内細菌叢を介した食事性栄養認識受容体による宿主エネルギー恒常性維持機構 |journal=YAKUGAKU ZASSHI |volume=134 |issue=10 |pages=1030-42 |year=2014 |url=https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakushi/134/10/134_14-00169/_article/-char/ja/ |DOI=10.1248/yakushi.14-00169}}</ref>。短鎖脂肪酸は体内に吸収される前の[[腸管]]でも重要な働きがある。短鎖脂肪酸は酸性の成分なので、短鎖脂肪酸ができると弱酸性の腸内環境になる。弱酸性であると[[悪玉菌]]の出す[[酵素]]の活性が抑えられるため、[[発がん性物質]]である[[二次胆汁酸]]や有害な[[腐敗]]産物ができにくくなり、腸内環境が健康に保たれる<ref>青江誠一郎ら、『[http://daiichi-shuppan.co.jp/filedir/book/pdf/b80-pref.pdf 食物繊維の物理化学的性質‐発酵性]』、“食物繊維‐基礎と応用”、第一出版、pp117-118, 2008年, ISBN 978-4804111919</ref>また、弱酸性になることで[[カルシウム]]や[[マグネシウム]]などの重要な[[ミネラル]]が水溶性に変化するので、より体内に吸収しやすくなり、ミネラル不足を補うことができると言われている<ref name="hara" />。


==ヒトの健康とのつながり==
== ヒトの健康とのつながり ==
===有害物質からのバリア機能の強化===
=== 有害物質からのバリア機能の強化 ===
酢酸には[[大腸]]の[[バリア機能]]を高める働きがあると言われている。例えば、酢酸を多く生産する[[ビフィズス菌]]を摂取していると、[[病原性大腸菌]]に[[感染]]しても体内にその毒素が入り込むのを防げることが示されている<ref>{{cite journal |author=S. Fukuda, ''et al.'' |title=Bifidobacteria can protect from enteropathogenic infection through production of acetate |journal=Nature |volume=469 |pages=543-549 |year=2011 |month=January }}</ref>  また、酪酸にも腸管細胞のMUC2遺伝子を活性化することで、粘膜物質である[[ムチン]]の分泌を促し、大腸を保護する作用があると言われている<ref>{{cite journal |author=Roberto Berni Canani, ''et al.'' |title=A potential beneficial effects of butyrate in intestinal and extraintestinal diseases |journal=World J. Gastroenterol |volume=17 |issue=12 |pages=1519-28 |year=2011 |month=March }}</ref>
酢酸には[[大腸]]の[[バリア機能]]を高める働きがあると言われている。例えば、酢酸を多く生産する[[ビフィズス菌]]を摂取していると、[[病原性大腸菌]]に[[感染]]しても体内にその毒素が入り込むのを防げることが示されている<ref>{{cite journal |author=S. Fukuda, ''et al.'' |title=Bifidobacteria can protect from enteropathogenic infection through production of acetate |journal=Nature |volume=469 |pages=543-549 |year=2011 |month=January |url=http://www.nature.com/nature/journal/v469/n7331/full/nature09646.html |DOI=10.1038/nature09646}}</ref>また、酪酸にも腸管細胞のMUC2遺伝子を活性化することで、粘膜物質である[[ムチン]]の分泌を促し、大腸を保護する作用があると言われている<ref>{{cite journal |author=Roberto Berni Canani, ''et al.'' |title=A potential beneficial effects of butyrate in intestinal and extraintestinal diseases |journal=World J. Gastroenterol |volume=17 |issue=12 |pages=1519-28 |year=2011 |month=March }}</ref>


===発がん予防===
=== 発がん予防 ===
短鎖脂肪酸は腸内を弱酸性にすることで有害な二次胆汁酸をできにくくするため[[大腸癌]]の予防につながる<ref name="hara" /> また、酪酸には、大腸細胞の異常な増殖を抑える、[[アポトーシス]]を促す、大腸細胞の病変を抑えるなどの作用で大腸癌の発症を抑えるといわれている<ref name="hara" /><ref>{{cite journal |author= H. M. HAMER, ''et al.'' |title= The role of butyrate on colonic function |journal=Aliment. Pharmacol. Ther. |volume=27 |issue=2 |pages=104-119 |year=2008 |month=January }}</ref> プロピオン酸は[[肝臓癌]]細胞にある短鎖脂肪酸受容体に作用して、肝臓癌細胞の増殖を抑えるという研究結果も出てい<ref>{{cite journal |author=L B Bindels, ''et al.'' |title=Gut microbiota-derived propionate reduces cancer cell proliferation in the liver|journal=Br. J. Cancer |volume=107 |pages=1337-1344 |year=2012 |month=September }}</ref>
短鎖脂肪酸は腸内を弱酸性にすることで有害な二次胆汁酸をできにくくするため[[大腸癌]]の予防につながる<ref name="hara" />また、酪酸には、大腸細胞の異常な増殖を抑える、[[アポトーシス]]を促す、大腸細胞の病変を抑えるなどの作用で大腸癌の発症を抑えるといわれている<ref name="hara" /><ref>{{cite journal |author= H. M. HAMER, ''et al.'' |title= The role of butyrate on colonic function |journal=Aliment. Pharmacol. Ther. |volume=27 |issue=2 |pages=104-119 |year=2008 |month=January }}</ref>プロピオン酸は[[肝臓癌]]細胞にある短鎖脂肪酸受容体に作用して、肝臓癌細胞の増殖を抑えるという研究報告がある<ref>{{cite journal |author=L B Bindels, ''et al.'' |title=Gut microbiota-derived propionate reduces cancer cell proliferation in the liver|journal=Br. J. Cancer |volume=107 |pages=1337-1344 |year=2012 |month=September |url=http://www.nature.com/bjc/journal/v107/n8/abs/bjc2012409a.html}}</ref>


===肥満の予防===
=== 肥満の予防 ===
短鎖脂肪酸は脂肪細胞にある短鎖脂肪酸受容体に作用して脂肪細胞へのエネルギーの取り込みを抑え、脂肪細胞の肥大化を防ぐ<ref name="kimura" /> また、神経細胞にある短鎖脂肪酸受容体にも作用し、[[交感神経]]系を介してエネルギー消費を促すなど、エネルギーバランスを整える働きがある<ref name="kimura" />
短鎖脂肪酸は脂肪細胞にある短鎖脂肪酸受容体に作用して脂肪細胞へのエネルギーの取り込みを抑え、脂肪細胞の肥大化を防ぐ<ref name="kimura" /><ref>園山慶、[https://www.jstage.jst.go.jp/article/jim/24/3/24_3_193/_article/-char/ja/ メタボリックシンドロームと腸内細菌叢] 腸内細菌学雑誌 Vol.24 (2010) No.3 P193-201, {{DOI|10.11209/jim.24.193}}</ref>。また、神経細胞にある短鎖脂肪酸受容体にも作用し、[[交感神経]]系を介してエネルギー消費を促すなど、エネルギーバランスを整える働きがある<ref name="kimura" />


===糖尿病の予防===
=== 糖尿病の予防 ===
酪酸には腸管にある[[L細胞]]に作用して、[[インクレチン|腸管ホルモン]]である[[GLP-1]]の分泌を促す作用がある<ref name=''GLP-1''>{{cite journal |author=H. Yadav, ''et al.'' |title=Beneficial Metabolic Effects of a Probiotic via Butyrate-induced GLP-1 Hormone Secretion |journal=J. Biol. Chem. |volume=288 |issue=35 |pages=25088-97 |year=2013 }}</ref> GLP-1は[[糖尿病]]を予防・改善する作用があり、インスリンを分泌する膵臓β細胞数の減少を抑えたり、[[インスリン]]分泌を促す作用がある。GLP-1受容体との作用性を高めたGLP-1受容体作動薬は糖尿病治療薬のひとつとして使われている<ref>{{cite journal |author=福井道明 |title=インクレチン製剤への期待 |journal=京府医大誌 |volume=122 |issue=8 |pages=531-540 |year=2013}}</ref>
酪酸には腸管にある[[L細胞]]に作用して、[[インクレチン|腸管ホルモン]]である[[GLP-1]]の分泌を促す作用がある<ref name=''GLP-1''>{{cite journal |author=H. Yadav, ''et al.'' |title=Beneficial Metabolic Effects of a Probiotic via Butyrate-induced GLP-1 Hormone Secretion |journal=J. Biol. Chem. |volume=288 |issue=35 |pages=25088-97 |year=2013 |url=http://europepmc.org/abstract/med/23836895 |DOI=10.1074/jbc.M113.452516 }}</ref>GLP-1は[[糖尿病]]を予防・改善する作用があり、インスリンを分泌する膵臓β細胞数の減少を抑えたり、[[インスリン]]分泌を促す作用がある。GLP-1受容体との作用性を高めたGLP-1受容体作動薬は糖尿病治療薬のひとつとして使われている<ref>{{cite journal |author=福井道明 |title=インクレチン製剤への期待 |journal=京府医大誌 |volume=122 |issue=8 |pages=531-540 |year=2013 |url=http://www.f.kpu-m.ac.jp/k/jkpum/pdf/122/122-8/fukui08.pdf |format=pdf }}</ref>


===食欲の抑制===
=== 食欲の抑制 ===
酪酸やプロピオン酸は腸管のL細胞から[[GLP-1]]のほかPYYのような[[インクレチン|腸管ホルモン]]も分泌する。GLP-1やPYYは、脳に作用して食欲を抑える働きがあり、満腹感を持続させて過食を防ぐことが知られている<ref>{{cite journal |author= Hua V. Lin, ''et al.'' |title= Butyrate and Propionate Protect against Diet-Induced Obesity and Regulate Gut Hormones via Free Fatty Acid Receptor 3-Independent Mechanisms |journal= PLoS One |volume=7 |issue=4 |pages= e35240 |year=2012 }}</ref> また、酢酸はそれ自体が脳に直接作用して食欲を抑えるという研究結果もある<ref>{{cite journal |author= G. Frost, ''et al.'' |title= The short-chain fatty acid acetate reduces appetite via a central homeostatic mechanism |journal= Nat. Commun. |volume=5 |pages=3611 |year=2014 |month=April }}</ref>
酪酸やプロピオン酸は腸管のL細胞から[[GLP-1]]のほかPYYのような[[インクレチン|腸管ホルモン]]も分泌する。GLP-1やPYYは、脳に作用して食欲を抑える働きがあり、満腹感を持続させて過食を防ぐことが知られている<ref>{{cite journal |author= Hua V. Lin, ''et al.'' |title= Butyrate and Propionate Protect against Diet-Induced Obesity and Regulate Gut Hormones via Free Fatty Acid Receptor 3-Independent Mechanisms |journal= PLoS One |volume=7 |issue=4 |pages= e35240 |year=2012 |url=http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0035240 |DOI= 10.1371/journal.pone.0035240}}</ref>また、酢酸はそれ自体が脳に直接作用して食欲を抑えるという研究報告もある<ref>{{cite journal |author= G. Frost, ''et al.'' |title= The short-chain fatty acid acetate reduces appetite via a central homeostatic mechanism |journal= Nat. Commun. |volume=5 |pages=3611 |year=2014 |month=April |url=http://www.nature.com/ncomms/2014/140429/ncomms4611/full/ncomms4611.html }}</ref>


===免疫機能の調節===
=== 免疫機能の調節 ===
腸は全身の[[免疫]]細胞のおよそ60%が集中し、腸の免疫バランスの崩れ(特に過剰な免疫反応)が全身に影響すると言われている。酪酸には過剰な免疫反応を抑える[[T細胞| T<sub>reg</sub>細胞]]という免疫細胞を増やす効果があり、これには酪酸が大腸上皮細胞の[[ヒストン]]の[[アセチル化]]を促進する働きが関与していることが分かっている<ref>{{cite journal |author= Y. Furusawa, ''et al.'' |title= Commensal microbe-derived butyrate induces the differentiation of colonic regulatory T cells |journal= Nature |volume=504 |pages=446-450 |year=2013 }}</ref> 腸の免疫疾患である[[炎症性腸疾患]]の患者は日本でも増えており、治療法の見つかっていない[[難病]]に指定されている。こうした患者では、腸内細菌中の酪酸産生菌の数が減っているケースが多いとされる。こうした[[炎症性腸疾患]]やクロストリジウム・ディフィシル感染症の患者に対しては生体便移植により、酪酸菌を含めた腸内細菌全体を移植する方法により治療できる可能性があることが分かっている<ref>Keio Health Science Newsletter Vol.5, April, 2013</ref><ref>{{cite journal |author= 大草敏史 |title= 腸内細菌叢の消化管疾患への関与 |journal= モダンメディア |volume=60 |issue=11 |pages=325-331 |year=2014 |url=http://www.eiken.co.jp/modern_media/backnumber/pdf/MM1411_02.pdf | format=pdf}}</ref>
腸は全身の[[免疫]]細胞のおよそ60%が集中し、腸の免疫バランスの崩れ(特に過剰な免疫反応)が全身に影響すると言われている。酪酸には過剰な免疫反応を抑える[[T細胞| T<sub>reg</sub>細胞]]という免疫細胞を増やす効果があり、これには酪酸が大腸上皮細胞の[[ヒストン]]の[[アセチル化]]を促進する働きが関与していることが分かっている<ref>{{cite journal |author= Y. Furusawa, ''et al.'' |title= Commensal microbe-derived butyrate induces the differentiation of colonic regulatory T cells |journal= Nature |volume=504 |pages=446-450 |year=2013 |url=http://www.nature.com/nature/journal/v504/n7480/abs/nature12721.html |DOI=10.1038/nature12721}}</ref>腸の免疫疾患である[[炎症性腸疾患]]の患者は日本でも増えており、治療法の見つかっていない[[難病]]に指定されている。こうした患者では、腸内細菌中の酪酸産生菌の数が減っているケースが多いとされる。こうした[[炎症性腸疾患]]やクロストリジウム・ディフィシル感染症の患者に対しては生体便移植により、酪酸菌を含めた腸内細菌全体を移植する方法により治療できる可能性があることが分かっている<ref>Keio Health Science Newsletter Vol.5, April, 2013</ref><ref>{{cite journal |author= 大草敏史 |title= 腸内細菌叢の消化管疾患への関与 |journal= モダンメディア |volume=60 |issue=11 |pages=325-331 |year=2014 |url=http://www.eiken.co.jp/modern_media/backnumber/pdf/MM1411_02.pdf | format=pdf}}</ref>


==ヒトにおける短鎖脂肪酸の供給源==
== ヒトにおける短鎖脂肪酸の供給源 ==
短鎖脂肪酸ができるためには腸内細菌による[[発酵]]が必要である。食物繊維の中には腸内細菌に発酵されないものもある。実際に発酵に使われる成分としては、[[レジスタントスターチ]](でん粉性の食物繊維)、非でん粉性の[[食物繊維]]、[[オリゴ糖]]の順で多い<ref name="hara" />
短鎖脂肪酸ができるためには腸内細菌による[[発酵]]が必要である。食物繊維の中には腸内細菌に発酵されないものもある。実際に発酵に使われる成分としては、[[レジスタントスターチ]](でん粉性の食物繊維)、非でん粉性の[[食物繊維]]、[[オリゴ糖]]の順で多い<ref name="hara" />


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! style="text-align:left" |レジスタントスターチ
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| 8~40 g
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! style="text-align:left" | 非でん粉質の食物繊維
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| 8~18 g
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! style="text-align:left" |オリゴ糖・糖アルコール
! style="text-align:left" |オリゴ糖・糖アルコール
| 4~14 g
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! style="text-align:left" |タンパク質(消化酵素など自身の体由来)
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| 5~18 g
| 5 - 18 g
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! style="text-align:left" |難消化性タンパク質(食事由来)
! style="text-align:left" |難消化性タンパク質(食事由来)
| 4~10 g
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! style="text-align:left" |ムチン
! style="text-align:left" |ムチン
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また、食物繊維の種類によっても、腸内細菌が作り出す短鎖脂肪酸の割合が異なり、レジスタントスターチは酪酸を比較的多く作る傾向があり、[[オリゴ糖|フラクトオリゴ糖]]は酢酸を多く作る傾向にある<ref name="hara" />
また、食物繊維の種類によっても、腸内細菌が作り出す短鎖脂肪酸の割合が異なり、レジスタントスターチは酪酸を比較的多く作る傾向があり、[[オリゴ糖|フラクトオリゴ糖]]は酢酸を多く作る傾向にある<ref name="hara" />


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2016年3月23日 (水) 06:46時点における版

短鎖脂肪酸(たんさしぼうさん、: SCFA、Short-chain fatty acid)は脂肪酸の一部で、炭素数6以下のものを指す。具体的には酢酸プロピオン酸イソ酪酸酪酸イソ吉草酸吉草酸カプロン酸乳酸コハク酸を指す。

反芻動物における役割

摂取した飼料が反芻胃内で微生物の発酵を受ける反芻動物においては、この発酵の際に生じる短鎖脂肪酸(主に酢酸、プロピオン酸、酪酸)が主なエネルギー源となる。 反すう胃内で生成した酪酸の多くは反すう胃粘膜でβ-ヒドロキシ酪酸に換されるため、肝門脈に現れるのはおよそ10分の1となる。このとき生成されるβ–ヒドロキシ酪酸も反すう家畜にとってはエネルギー源となる。また、プロピオン酸の多くは肝臓糖新生に利用され、反芻動物の糖要求の多くはプロピオン酸からの糖新生によってまかなわれる。

ヒトにおける役割

ヒトの体内でも腸内細菌が食物繊維を発酵する際に短鎖脂肪酸を作り出し、健康維持に欠かせない役割を果たしている。ヒトの場合、酢酸、プロピオン酸、酪酸の3種が代表的な短鎖脂肪酸である[1][2]。ヒトの体で短鎖脂肪酸が作られる部位は腸内細菌が多い大腸で、作られた短鎖脂肪酸は大腸から体内に吸収される。吸収された短鎖脂肪酸のうち、酪酸は大腸上皮細胞のエネルギー源として利用され、酢酸とプロピオン酸は肝臓や筋肉で代謝利用される[3]。また、短鎖脂肪酸の受容体が全身の様々な部位にあり、短鎖脂肪酸はこれらの部位の生体調節機能を果たしている。中には生活習慣病と密接な関係にあるものも多いことから、癌や肥満、糖尿病、免疫疾患を予防・治療する手段として活発に研究されている[4]。短鎖脂肪酸は体内に吸収される前の腸管でも重要な働きがある。短鎖脂肪酸は酸性の成分なので、短鎖脂肪酸ができると弱酸性の腸内環境になる。弱酸性であると悪玉菌の出す酵素の活性が抑えられるため、発がん性物質である二次胆汁酸や有害な腐敗産物ができにくくなり、腸内環境が健康に保たれる[5]。また、弱酸性になることでカルシウムマグネシウムなどの重要なミネラルが水溶性に変化するので、より体内に吸収しやすくなり、ミネラル不足を補うことができると言われている[3]

ヒトの健康とのつながり

有害物質からのバリア機能の強化

酢酸には大腸バリア機能を高める働きがあると言われている。例えば、酢酸を多く生産するビフィズス菌を摂取していると、病原性大腸菌感染しても体内にその毒素が入り込むのを防げることが示されている[6]。また、酪酸にも腸管細胞のMUC2遺伝子を活性化することで、粘膜物質であるムチンの分泌を促し、大腸を保護する作用があると言われている[7]

発がん予防

短鎖脂肪酸は腸内を弱酸性にすることで有害な二次胆汁酸をできにくくするため大腸癌の予防につながる[3]。また、酪酸には、大腸細胞の異常な増殖を抑える、アポトーシスを促す、大腸細胞の病変を抑えるなどの作用で大腸癌の発症を抑えるといわれている[3][8]。プロピオン酸は肝臓癌細胞にある短鎖脂肪酸受容体に作用して、肝臓癌細胞の増殖を抑えるという研究報告がある[9]

肥満の予防

短鎖脂肪酸は脂肪細胞にある短鎖脂肪酸受容体に作用して脂肪細胞へのエネルギーの取り込みを抑え、脂肪細胞の肥大化を防ぐ[4][10]。また、神経細胞にある短鎖脂肪酸受容体にも作用し、交感神経系を介してエネルギー消費を促すなど、エネルギーバランスを整える働きがある[4]

糖尿病の予防

酪酸には腸管にあるL細胞に作用して、腸管ホルモンであるGLP-1の分泌を促す作用がある[11]。GLP-1は糖尿病を予防・改善する作用があり、インスリンを分泌する膵臓β細胞数の減少を抑えたり、インスリン分泌を促す作用がある。GLP-1受容体との作用性を高めたGLP-1受容体作動薬は糖尿病治療薬のひとつとして使われている[12]

食欲の抑制

酪酸やプロピオン酸は腸管のL細胞からGLP-1のほかPYYのような腸管ホルモンも分泌する。GLP-1やPYYは、脳に作用して食欲を抑える働きがあり、満腹感を持続させて過食を防ぐことが知られている[13]。また、酢酸はそれ自体が脳に直接作用して食欲を抑えるという研究報告もある[14]

免疫機能の調節

腸は全身の免疫細胞のおよそ60%が集中し、腸の免疫バランスの崩れ(特に過剰な免疫反応)が全身に影響すると言われている。酪酸には過剰な免疫反応を抑える Treg細胞という免疫細胞を増やす効果があり、これには酪酸が大腸上皮細胞のヒストンアセチル化を促進する働きが関与していることが分かっている[15]。腸の免疫疾患である炎症性腸疾患の患者は日本でも増えており、治療法の見つかっていない難病に指定されている。こうした患者では、腸内細菌中の酪酸産生菌の数が減っているケースが多いとされる。こうした炎症性腸疾患やクロストリジウム・ディフィシル感染症の患者に対しては生体便移植により、酪酸菌を含めた腸内細菌全体を移植する方法により治療できる可能性があることが分かっている[16][17]

ヒトにおける短鎖脂肪酸の供給源

短鎖脂肪酸ができるためには腸内細菌による発酵が必要である。食物繊維の中には腸内細菌に発酵されないものもある。実際に発酵に使われる成分としては、レジスタントスターチ(でん粉性の食物繊維)、非でん粉性の食物繊維オリゴ糖の順で多い[3]

ヒトの大腸内発酵の基質[3]
発酵基質 1日あたりの供給量
レジスタントスターチ 8 - 40 g
非でん粉質の食物繊維 8 - 18 g
オリゴ糖・糖アルコール 4 - 14 g
タンパク質(消化酵素など自身の体由来) 5 - 18 g
難消化性タンパク質(食事由来) 4 - 10 g
ムチン 2 - 3 g

また、食物繊維の種類によっても、腸内細菌が作り出す短鎖脂肪酸の割合が異なり、レジスタントスターチは酪酸を比較的多く作る傾向があり、フラクトオリゴ糖は酢酸を多く作る傾向にある[3]

食物繊維の発酵で生じる短鎖脂肪酸の割合[3]
食物繊維 酢酸 プロピオン酸 酪酸
レジスタントスターチ 41% 21% 38%
小麦ふすま 61% 19% 20%
ペクチン 71% 15% 8%
グァーガム 58% 27% 8%
オーツブラン 57% 21% 22%
フラクトオリゴ糖 78% 14% 8%

脚注

  1. ^ 須藤信行、ストレスと腸内フローラ 腸内細菌学雑誌 Vol.19 (2005) No.1 P25-29, doi:10.11209/jim.19.25
  2. ^ 青江誠一郎ら、『食物繊維の生理作用‐腸内環境の改善』、“食物繊維-基礎と応用”、第一出版、pp162-163, 2008年, ISBN 978-4804111919
  3. ^ a b c d e f g h 原 博 (2002). “プレバイオティクスから大腸で産生される短鎖脂肪酸の生理効果”. 腸内細菌学雑誌 16: 35-42. doi:10.11209/jim1997.16.35. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jim1997/16/1/16_1_35/_article/-char/ja/. 
  4. ^ a b c 木村郁夫 (2014). “腸内細菌叢を介した食事性栄養認識受容体による宿主エネルギー恒常性維持機構”. YAKUGAKU ZASSHI 134 (10): 1030-42. doi:10.1248/yakushi.14-00169. https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakushi/134/10/134_14-00169/_article/-char/ja/. 
  5. ^ 青江誠一郎ら、『食物繊維の物理化学的性質‐発酵性』、“食物繊維‐基礎と応用”、第一出版、pp117-118, 2008年, ISBN 978-4804111919
  6. ^ S. Fukuda, et al. (January 2011). “Bifidobacteria can protect from enteropathogenic infection through production of acetate”. Nature 469: 543-549. doi:10.1038/nature09646. http://www.nature.com/nature/journal/v469/n7331/full/nature09646.html. 
  7. ^ Roberto Berni Canani, et al. (March 2011). “A potential beneficial effects of butyrate in intestinal and extraintestinal diseases”. World J. Gastroenterol 17 (12): 1519-28. 
  8. ^ H. M. HAMER, et al. (January 2008). “The role of butyrate on colonic function”. Aliment. Pharmacol. Ther. 27 (2): 104-119. 
  9. ^ L B Bindels, et al. (September 2012). “Gut microbiota-derived propionate reduces cancer cell proliferation in the liver”. Br. J. Cancer 107: 1337-1344. http://www.nature.com/bjc/journal/v107/n8/abs/bjc2012409a.html. 
  10. ^ 園山慶、メタボリックシンドロームと腸内細菌叢 腸内細菌学雑誌 Vol.24 (2010) No.3 P193-201, doi:10.11209/jim.24.193
  11. ^ H. Yadav, et al. (2013). “Beneficial Metabolic Effects of a Probiotic via Butyrate-induced GLP-1 Hormone Secretion”. J. Biol. Chem. 288 (35): 25088-97. doi:10.1074/jbc.M113.452516. http://europepmc.org/abstract/med/23836895. 
  12. ^ 福井道明 (2013). “インクレチン製剤への期待” (pdf). 京府医大誌 122 (8): 531-540. http://www.f.kpu-m.ac.jp/k/jkpum/pdf/122/122-8/fukui08.pdf. 
  13. ^ Hua V. Lin, et al. (2012). “Butyrate and Propionate Protect against Diet-Induced Obesity and Regulate Gut Hormones via Free Fatty Acid Receptor 3-Independent Mechanisms”. PLoS One 7 (4): e35240. doi:10.1371/journal.pone.0035240. http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0035240. 
  14. ^ G. Frost, et al. (April 2014). “The short-chain fatty acid acetate reduces appetite via a central homeostatic mechanism”. Nat. Commun. 5: 3611. http://www.nature.com/ncomms/2014/140429/ncomms4611/full/ncomms4611.html. 
  15. ^ Y. Furusawa, et al. (2013). “Commensal microbe-derived butyrate induces the differentiation of colonic regulatory T cells”. Nature 504: 446-450. doi:10.1038/nature12721. http://www.nature.com/nature/journal/v504/n7480/abs/nature12721.html. 
  16. ^ Keio Health Science Newsletter Vol.5, April, 2013
  17. ^ 大草敏史 (2014). “腸内細菌叢の消化管疾患への関与” (pdf). モダンメディア 60 (11): 325-331. http://www.eiken.co.jp/modern_media/backnumber/pdf/MM1411_02.pdf. 

外部リンク