藤井進
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基本情報 | |
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国籍 | 日本 |
出身地 | 山口県 |
生年月日 | 1967年7月25日 |
没年月日 | 2017年1月26日(49歳没) |
身長 体重 |
180 cm 73 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 外野手 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
この表について
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藤井 進(ふじい すすむ、1967年7月25日 - 2017年1月26日[1])は、第67回全国高等学校野球選手権大会で活躍した元野球選手。山口県宇部市出身。
来歴・人物
[編集]宇部商時代3年生の夏、準決勝までに、1大会最多記録となる4本塁打を放ちいきなり注目を浴びる[2]。しかし、決勝の対PL学園戦であっさり清原和博に更新され、センターの守備位置からその瞬間(打球)を見送るよりほかになかった[3](この場面は当時朝日放送アナ・植草貞夫の「甲子園は清原のためにあるのか」の名実況でも有名)。藤井がこの時挙げた1大会14打点は、2008年の第90回大会で萩原圭悟(大阪桐蔭)が15打点を挙げるまで夏の甲子園の大会記録であった。
卒業後は、東都大学野球の青山学院大学に進学し4年間プレーしたが、出場機会はほぼなかった。同期に甲子園決勝で対戦した松山秀明や吉田直喜が、1学年下に奈良原浩がいた。卒業後は神奈川県川崎市川崎区東扇島にある東急グループの米穀食糧会社・東光食糧(現・東光食品)に勤務していた。
2017年に脳内出血により死去した。
関連項目
[編集]- 青山学院大学の人物一覧
- 河原井正雄 - 青山学院大学硬式野球部の恩師
- 玉国光男
- 清原和博
- 桑田真澄
- 植草貞夫
脚注
[編集]- ^ 宇部商元主砲の藤井進氏が死去、49歳 KKコンビと激闘繰り広げ… - デイリースポーツ、2017年1月27日付
- ^ 甲子園大会ベストナイン。投手は嶋清一に決まり(第815回) - スポーツ報知 蛭間豊章記者の「Baseball inside」
- ^ PLに敗れた宇部商・藤井さん「まだ君に憧れている人たくさんいる」…清原容疑者へメッセージ - スポーツ報知、2016年2月5日