笹岡了一
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笹岡 了一(ささおか りょういち、1907年8月23日 - 1987年6月8日)は、日本の洋画家。本名は秋元 了一(あきもと りょういち)で、結婚後も旧姓で活動していた。妻は画家・詩人の秋元松子、長女(養女)は画家の秋元由美子。
略歴
[編集]- 1907年(明治40年) 新潟県中蒲原郡金津村大字朝日(のちの新津市、現在の新潟市秋葉区)に生まれる。
- 1920年(大正9年) 新潟県立新潟中学校(現在の新潟県立新潟高等学校)入学、のちに新潟県立三条中学校(現在の新潟県立三条高等学校)へ転校。
- 1926年(大正15年) 三条中学校を中途退学。
- 1930年(昭和5年) 第7回白日会展初入選。
- 1931年(昭和6年) 第8回白日会白日賞受賞、第12回帝展初入選。安宅安五郎に師事。
- 1933年(昭和8年) 白日会会員となる。
- 1935年(昭和10年) 秋元松子と結婚、改姓する。
- 1946年(昭和21年) 出征先から帰国し、松子の実家がある千葉県東葛飾郡流山町(現在の流山市)に定住。光風会会員となる。
- 1978年(昭和53年) 第10回日展にて内閣総理大臣賞受賞。その後日展評議員、光風会常任理事などを歴任する。
- 1987年(昭和62年) 脳血栓で死去。享年79。流山市から市政20周年記念特別功労表彰を受ける。
主な作品
[編集]- ウィリアム物語
- 長崎の教会
- 東方賢者の礼拝
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 笹岡了一 - 東京文化財研究所
- 『笹岡了一』 - コトバンク
- 『笹岡 了一』 - コトバンク