「硫黄島航空基地」の版間の差分
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2010年2月25日 (木) 09:58時点における版
硫黄島飛行場 | |||||||||||||||
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IATA: IWO – ICAO: RJAW | |||||||||||||||
概要 | |||||||||||||||
空港種別 | 軍用 | ||||||||||||||
所有者 | 防衛省 | ||||||||||||||
運営者 | 海上自衛隊 | ||||||||||||||
所在地 | 東京都小笠原村硫黄島 | ||||||||||||||
使用期間 | 1968年6月26日-(暫定) 1970年5月9日-(硫黄島飛行場) | ||||||||||||||
標高 | 113 m / 370 ft | ||||||||||||||
座標 | 北緯24度47分12秒 東経141度19分27秒 / 北緯24.78667度 東経141.32417度 | ||||||||||||||
滑走路 | |||||||||||||||
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硫黄島航空基地(いおうとうこうくうきち、JMSDF Iwojima Air Base)は、硫黄島内にある海上自衛隊の航空基地。硫黄島飛行場を持つ。
概要
運営者は海上自衛隊であるが、航空自衛隊の航空機もこの基地を使用する。航空自衛隊における名称は硫黄島分屯基地。入間基地の分屯基地という扱いとされている。陸上自衛隊は部隊を派遣しているが、分屯地として扱われてはいない。また、飛行場施設の一部はアメリカ軍の硫黄島通信所とされている。
基地にある滑走路は2,650×60の1本のみだが、2,650×30の平行誘導路が、トラブルによる主滑走路閉鎖時に離着陸の可能な緊急滑走路として整備されている。
海上自衛隊は、航空基地施設の維持および飛来する飛行機に対する航空管制・給油・救難(救難活動に小笠原諸島の急患輸送も含まれる、第21航空群第73航空隊硫黄島航空分遣隊担当)・司法警察業務(警務隊担当)・売店や食堂の受け持ちなど。他には、医官が常駐し(海上、航空自衛隊からそれぞれ派遣)、関係者に医療活動を施している。また、硫黄島駐留部隊には直接関係ないが、毎年夏に、海上自衛隊掃海部隊が、硫黄島近海で実際に機雷を撒いて掃海訓練を行っている。
航空自衛隊は、航空基地を使用している。補給のため、本土から本島や南鳥島への輸送機の運用、各種実験飛行、戦闘機部隊が演習などを行っている。陸上自衛隊は、太平洋戦争中の砲弾処理などの不発弾処理。
また、北関東防衛局(防衛省)の職員が施設整備工事を担当している。施設の一部は、日米地位協定による合意により、駐留軍(米軍)に提供が可能であり、硫黄島通信所として、日本本土(厚木・横田基地)における夜間離着陸訓練(NLP)の実施による騒音負担軽減のため、米軍艦載機によるNLPが実施されることがある。このNLPは1991年から開始された。
沿革
- 1968年(昭和43年)6月26日 - アメリカ軍から返還されたことにより、自衛隊による飛行場の運用を開始[1]。海上自衛隊硫黄島航空基地分遣隊が設置される。
- 1970年(昭和45年)5月9日 - 飛行場につき、硫黄島飛行場として運用を開始[2]。
- 1975年(昭和50年)10月10日 - 海上自衛隊硫黄島航空基地分遣隊による飛行場管制業務を開始[3]。
- 1986年(昭和61年)9月25日 - 海上自衛隊硫黄島航空基地分遣隊による進入管制業務を開始[4]。
- 1991年(平成3年)6月26日 - 航空基地の施設の一部を、硫黄島通信所として提供する[5]。
- 1992年(平成4年) - 海上自衛隊硫黄島航空基地分遣隊は、硫黄島航空基地隊に改編される。
- 2003年(平成15年)10月1日 - 海上自衛隊硫黄島航空基地隊によるターミナル・レーダー管制業務および着陸誘導管制業務を開始[6]。
- 2007年(平成19年)11月21日 - 硫黄島の名称変更に伴い、15時(UTC)に飛行場名:Iwoto、呼び名:Iwoへ名称変更。