堯天義久
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堯天 義久(ぎょうてん よしひさ、1921年5月24日 - 2013年1月20日)は、日本の建築学者。専門は建築構造学。第8代神戸大学学長、第3代大学入試センター所長を務めた。
来歴
[編集]香川県観音寺市出身[1]。1939年、愛媛県立三島中学校(現・愛媛県立三島高等学校)卒業。1941年、徳島高等工業学校(現・徳島大学工学部)機械工学科卒業[2][3]。
1942年に東京工業大学(のちの東京科学大学)附属高等工業教員養成所建築学科に入学[4][5]。1944年に卒業し[6]、同年9月に神戸工業専門学校(現・神戸大学工学部)に着任する[7]。
1947年、神戸工業専門学校教授[8]。1951年、神戸大学助教授[9]。1959年、東京工業大学工学博士[10]。
神戸大学教授を経て[11]、1981年から1985年まで神戸大学学長を務め[12]、神戸大学名誉教授の称号を受けた[13]。
1985年から1988年まで大学入試センター所長を務める[14]。
1990年、神戸市人事委員会委員[15]。1994年、勲二等旭日重光章受章[16]。
1995年には、阪神・淡路大震災に見舞われた神戸市の復興計画審議会会長となる[17][18]。
賞歴
[編集]脚注
[編集]- ^ 晨 5(6)(44)ぎょうせい 編 (ぎょうせい, 1986-06)
- ^ 蔵前工業会誌 (530) (蔵前工業会, 1959-07)
- ^ 官報 1939年05月13日
- ^ 官報 1942年06月08日
- ^ 東京工業大学一覧 昭和17至昭和18年
- ^ 大野隆造「学び・教え・研究の奇跡 (PDF) 」 - 『東工大クロニクル』March 2015 No.504、東京工業大学、p.5(「退職によせて」のコーナー)
- ^ 20.学長退任挨拶 1985(昭和60)年2月15日 学長退任、退官のあいさつ - 神戸大学大学文書資料館(「歴代学長挨拶・式辞等」)
- ^ 官報 1947年10月22日
- ^ 官報昭和26年本紙第7314号 501頁
- ^ 平版構造に関する研究 尭天, 義久 ギョウテン, ヨシヒサ
- ^ 官報昭和56年本紙第16218号 12頁
- ^ 「第8代 堯天 義久」 - 神戸大学大学文書資料館(「歴代学長挨拶・式辞等」)
- ^ 【おくやみ】堯天義久氏(神戸大学名誉教授・元学長)日刊工業新聞2013/1/22 05:00
- ^ 「大学入試センターのあゆみ」 - 大学入試センター
- ^ 官報平成2年本紙第346号 6頁
- ^ 官報平成6年号外第81号 6頁
- ^ 新野幸次郎「検証テーマ『復興計画-計画等の策定・推進 (PDF) 』兵庫県『復興10年総括検証・提言報告』、2005年。p.158を参照)
- ^ a b “(おくやみ)堯天義久氏が死去 元神戸大学長”. 日本経済新聞. (2013年1月21日) 2020年3月7日閲覧。
- ^ 過去の受賞者一覧 - 神戸市
- ^ 西宮市民文化賞受賞者一覧表 (PDF) - 西宮市
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