ニュージーランドにおけるイスラーム

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クライストチャーチにあるアルヌール・モスク

ニュージーランドにおけるイスラームは総人口の約1.3%を占める宗教である[1]。1900年代初頭から1960年代にかけては南アジア東ヨーロッパから少数のムスリムの移民があり、1970年代にはインド系フィジー人の、1990年代にかけては様々な紛争国からのムスリム移民があった。

現在、ニュージーランドにはいくつかのモスクと2つのイスラーム学校がある。また、最大の宗派はスンナ派であるが、シーア派アフマディーヤ派も少数ながら見られる[2]

歴史[編集]

人口推移
人口±%
2001 23,631—    
2006 36,072+52.6%
2013 46,149+27.9%
2018 57,276+24.1%
[3][4]

19世紀の移民[編集]

始めてニュージーランドの地にムスリムがやってきたのは19世紀にさかのぼる。最初のムスリムは1850年にクライストチャーチに移住したインド人一家である[5]。また、1874年に政府は15人の中国人ムスリムがオタゴ地方の金鉱山で働いていると報告した[6][7][8]。最初にニュージーランドに埋葬されたムスリムは1888年にダニーデンで死んだジャワ人の船乗りであるモハメド・ダンである。人類学者のエリック・コリッグは、この時期に東南アジアや南アジアから少数のムスリムがニュージーランドに移住したと推測している[6]

20世紀から21世紀の移民[編集]

1920年、ニュージーランドはアジアからの移民を制限する政策を採択した。ムスリム人口は第二次世界大戦の終結まで100人以下ほどで推移し、1945年には67人のムスリムが記録された。1951年、アルバニアユーゴスラヴィアからやってきた60人以上のムスリムがニュージーランドのムスリム人口を205人にまで増加させた[9]

1961年から1971年にかけて、ムスリム人口は260から779に増加した。大規模なムスリム移民は1970年代のインド系フィジー人の到着に始まり、1990年代にはソマリアボスニアヘルツェゴビナアフガニスタンコソボ、そしてイラクなどのムスリムが多い国々からの難民が増加した[10]。また、イランからの移民も多く住んでいる[11]

ニュージーランドのイスラーム社会[編集]

ニュージーランドにはいくつかのモスクとイスラミックセンター、2つのイスラーム学校がある。2つのイスラーム学校はオークランドに位置し、オークランドには15のモスクやイスラミックセンターがある[12][13][14]

組織[編集]

ニュージーランドイスラム連盟 (Federation of Islamic Association of New Zealand) がニュージーランドのムスリムコミュニティを代表する全国的な包括組織である。連盟は7つの地方イスラーム組織や国内のほとんどのモスク、イスラミックセンターと提携している。連盟は、アルバニア系移民であるモザー・クラスニキによって1979年にウェリントンで3つのイスラーム組織を合併して設立され、クラスニキはその功績をたたえられて2002年にニュージーランド政府から勲章が授与された[15][16][17]

その後に会長になったのは、後に国会議員も務めたアシュラフ・チャウドダリである[18]。2008年、連盟はイスラーム啓発週間の一環として、ムスリムとより広いコミュニティの間の理解と関係を改善するためのニュージーランド人の貢献を認識するために、ハーモニーアワードを設立した[19]

連盟はニュージーランドムスリム協会、南オークランドムスリム協会、ワイカトムスリム協会、マナワツムスリム協会、ニュージーランド国際ムスリム協会、カンタベリムスリム協会、オタゴムスリム協会の7つの地方イスラーム組織を傘下に収めており[17]、他にもオタゴ大学のムスリム学生協会やサウスランドムスリム協会なども傘下に収めている[20][21]

人口動態[編集]

カンタベリ・モスクのムスリムの少年

ニュージーランドのムスリム人口は2018年の調査によると57,276人であり[22]、46,149人だった2013年の調査と比べると24%増加している[3]。ニュージーランドでの最大宗派はスンナ派であるが、オークランドなどではシーア派が多く見られ、近年、シーア派は公園でアーシューラーの儀式を行っている[23]。1990年代半ばからマレーシアやシンガポールからのマレー系留学生が増加しており、大学都市のダニーデンなどではムスリムの割合が顕著に増加している[24]

マオリ人ムスリム[編集]

イスラームはマオリの間で最も急速に増加している宗教である[25][26]。1991年には99人だったマオリ人ムスリムは2001年には708人に増加している。2013年の調査ではさらに増加して1,083人となり、2018年には1,116人だった[3][27]

島嶼部ムスリム[編集]

ニュージーランド領の太平洋の島々に住む人々の間では2001年から2006年にかけてムスリムは15%増加した[26]。2013年には1,536人だったムスリム人口は[3]、2018年には1,866人になった[28]。また、島嶼部のムスリムとしてはラグビー選手のソニー・ビル・ウィリアムズオファ・トゥウンガファシなどがいる。

問題[編集]

ムハンマド風刺画再掲載[編集]

2006年、ニュージーランドの2つの新聞が、イスラームの預言者であるムハンマドを描いて問題になったデンマークの漫画を掲載する決定をした[29]。ニュージーランドのムスリムコミュニティは声明やオークランドでの小さな平和的な行進を通じて不快感を表明したが、新聞の編集者は、ムスリムを攻撃する意図はないが引き下がるつもりもないと述べた。首相のヘレン・クラークと野党である国民党党首のドン・ブラッシュは共同声明を発表し、ムスリムを深く不快にさせた漫画は評価されないが、そのような決定は政治家ではなく編集者が下すべきものであるとした。ムスリムの指導者と新聞の編集者は、人種関係局やウェリントンのユダヤ人キリスト教徒の代表者と共に協議を行い、この協議の結果、編集者は、謝罪はしないが誠意を持って問題のある画像の再掲載は控えると述べた。ニュージーランドのムスリム指導者たちはニュージーランドイスラム連盟を通じて52か国のイスラーム諸国に対してニュージーランド製品のボイコットはしないように求める書簡を出した[29][30]

更なる論争[編集]

2016年、オークランドのマヌカウにあるモスクのイマームであり連盟のアドバイザーであるムハンマド・サヒーブは、右翼ブロガーのキャメロン・スレーターがYouTubeに投稿した一連の演説の中で、ユダヤ人、キリスト教徒、女性について攻撃的な発言をしたことで論争を招いた。サヒーブの発言は、連盟の会長やニュージーランドイスラム女性会議、人種関係局、エスニック・コミュニティ大臣のサム・ロトゥ・イイガ、ACT党デイビッド・シーモアニュージーランド・ファースト党ウィンストン・ピーターズ、ニュージーランド・ユダヤ人評議会など、ニュージーランド社会の様々な人物やグループから非難された[31][32][33]。これらを受けてサヒーブは連盟のアドバイザーを解任された。彼は後に人種差別の告発を否定し、自分の発言が文脈から外れているとする声明を発表した[34][32]

クライストチャーチモスク銃乱射事件[編集]

2019年3月15日、白人至上主義のオーストラリア人テロリストが金曜礼拝が行われているクライストチャーチの2つのモスクを襲撃してアルヌールモスクで42人、リンウッドイスラミックセンターで9人の合計51人を殺害する事件が起きた。テロ事件から1週間後の金曜日、ニュージーランドではムスリムの呼びかけにより、全国的に黙祷が捧げられた。2分間の黙とうと礼拝が行われ、ジャシンダ・アーダーン首相を含むおよそ2万人の人々が参加し、それらはメディアを通じて生中継された。

脚注[編集]

  1. ^ Muslims in New Zealand”. Centre for Applied Cross-cultural Research. 2019年3月15日閲覧。
  2. ^ “Prayers for Opening”. Stuff.co.nz. (2013年10月31日). オリジナルの2018年8月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180813081034/http://www.stuff.co.nz/auckland/local-news/manukau-courier/9341648/Prayers-for-opening 2014年3月4日閲覧。 
  3. ^ a b c d Kiwi converts among New Zealand's Muslim community”. stuff.co.nz. 2015年11月25日閲覧。
  4. ^ 2013 Census QuickStats about culture and identity – tables”. Statistics New Zealand (2014年4月15日). 2014年5月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月18日閲覧。
  5. ^ Drury, Abdullah (March 2015). “Mostly Harmless”. Waikato Islamic Studies Review 1 (1): 30. 
  6. ^ a b Kolig 2010, p. 21.
  7. ^ Drury, Abdullah (2007年9月25日). “Crucial element locked in past”. ニュージーランド・ヘラルド. オリジナルの2012年10月23日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121023202451/http://www.nzherald.co.nz/islam/news/article.cfm?c_id=500817&objectid=10465650 2019年3月23日閲覧。 
  8. ^ New Zealand, Trade and the Muslim World Forum Speech”. Beehive.govt.nz. ニュージーランド政府. 2011年6月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月23日閲覧。
  9. ^ Kolig 2010, p. 23.
  10. ^ Kolig 2010, pp. 23–25.
  11. ^ Veitch, James; Tinawi, Dalia. "Middle Eastern peoples – Other Middle Eastern peoples". Te Ara – The Encyclopedia of New Zealand. 2019年3月25日閲覧
  12. ^ Kolig 2010, pp. 30, 33–34.
  13. ^ History of Al-Madinah”. Al-Madinah School. 2019年3月25日閲覧。
  14. ^ About the School”. Zayed College for Girls. 2019年3月25日閲覧。
  15. ^ Kolig 2010, pp. 30–31.
  16. ^ Drury, Abdullah (2006年7月11日). “Home country doctrine splits once-unified local Muslims”. ニュージーランド・ヘラルド. オリジナルの2016年3月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160304084022/https://www.nzherald.co.nz/social-issues/news/article.cfm?c_id=87&objectid=10390790 2019年3月25日閲覧。 
  17. ^ a b About FIANZ”. Federation of Islamic Associations of New Zealand. 2019年3月25日閲覧。
  18. ^ Choudhary, Ashraf” (英語). www.parliament.nz. New Zealand Parliament. 2019年11月16日閲覧。
  19. ^ Islam Awareness Week will be held from 4–10 August 2008 – Strong Families – Better Society”. www.islamawareness.co.nz. 2008年8月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年8月9日閲覧。
  20. ^ Kolig 2010, pp. 32–33.
  21. ^ Our Community”. Ahmadiyy Muslim Jama'at. 2019年3月25日閲覧。
  22. ^ 2018 Census totals by topic – national highlights”. Stats NZ. 2019年9月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月24日閲覧。
  23. ^ Kolig 2010, pp. 43–46.
  24. ^ About Otago Muslim Association”. Otago Muslim Association. 2019年3月23日閲覧。
  25. ^ Bhandari, Neena (2009年3月16日). “NEW ZEALAND: Asian Muslims Tell Their Own Stories”. http://www.ipsnews.net/2009/03/new-zealand-asian-muslims-tell-their-own-stories/ 2017年3月10日閲覧。 
  26. ^ a b Onnudottir, Helena; Possamai, Adam; Turner, Bryan (2012). “Islam and Indigenous Populations in Australia and New Zealand”. Muslims in the West and the Challenges of Belonging: 60–86. https://www.academia.edu/20725187 2017年3月10日閲覧。. 
  27. ^ "Religious affiliation" Archived 19 November 2011 at the Wayback Machine., Table Builder, Statistics New Zealand
  28. ^ Newzealand 2018 Census”. 2020年5月14日閲覧。
  29. ^ a b Zwartz, Barney (2006年2月6日). “Cartoon rage spreads to New Zealand”. The Age. オリジナルの2017年11月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20171107080745/http://www.theage.com.au/news/national/cartoon-rage-spreads-to-nz/2006/02/05/1139074108606.html 2017年11月3日閲覧。 
  30. ^ “Papers sorry for cartoons' offence”. The New Zealand Herald. (2006年2月9日). オリジナルの2017年11月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20171107011841/http://www.nzherald.co.nz/nz/news/article.cfm?c_id=1&objectid=10367441 2017年11月3日閲覧。 
  31. ^ Palmer, Scott; Marbeck, Brian (2016年11月22日). “'Hate Speech' Imam made a 'mistake' – FIANZ”. Newshub. オリジナルの2017年11月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20171105180333/http://www.newshub.co.nz/home/new-zealand/2016/11/hate-speech-iman-made-a-mistake---fianz.html 2017年11月4日閲覧。 
  32. ^ a b Bath, Brooke (2016年11月22日). “Auckland Imam demands apology after backlash from anti-Semitic speeches”. Stuff.co.nz. オリジナルの2017年11月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20171107022055/http://www.stuff.co.nz/national/86716199/auckland-imam-demands-apology-after-backlash-from-antisemitic-speeches 2017年11月4日閲覧。 
  33. ^ Dismissed Sheikh still in charge of At-Taqwa Mosque: A cause for concern”. Shalom.Kiwi. 2017年11月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月4日閲覧。
  34. ^ Martin, Hannah (2016年11月23日). “Auckland Imam permanently stood down after anti-Semitic speeches”. Stuff.co.nz. オリジナルの2017年11月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20171105135927/http://www.stuff.co.nz/national/86784089/auckland-imam-permanently-stood-down-after-antisemitic-speeches 2017年11月4日閲覧。 

参考文献[編集]

外部リンク[編集]