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オーランド (競走馬)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
オーランド
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1841年
死没 1868年
タッチストン
ヴァルチャー
生国 イギリス
生産者 Jonathan Peel
馬主 Jonathan Peel
調教師 Cooper
競走成績
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オーランドOrlando1841年 - 1868年)とは、イギリス競走馬である。1840年代に活躍し、種牡馬としても成功した。

オーランドは、波乱な競走生活を送りダービーステークスでは替え玉事件に巻き込まれている。当時のイギリス競馬界では不正行為が横行しており、この年はダービーステークスすらもその対象になった。1位で入線したラニングレインがレース後に、実は4歳馬マカベアスだということが発覚したのである。当然このようなことが許されるはずもなく、2位に入線していたオーランドが繰り上がりで1着となった。なお、この年のダービーステークスではラニングレインとマカベアスのすり替えを含めて4つもの不正行為が発覚した(詳細は第65回ダービーステークスを参照)。オーランドはほかにジュライステークスなどに勝っているが、ダービーステークスでケチがついたこともあり競走馬としての名声は得られなかった。

だが引退後、種牡馬になると産駒が走り出し、イギリスリーディングサイアーに輝くこと3度(1851,1854,1858年)。2000ギニー馬3頭やダービーステークス優勝馬テディングトンらを輩出した。後継種牡馬も成功し、トランペーターやアメリカ合衆国に渡ったエクリプスらが優秀馬を輩出した。父方直系子孫はその後衰退したが、アメリカで父系を伸ばしたヒムヤー系を通じて現在にも残っている。

おもな産駒

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血統表

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オーランド血統タッチストン系 / Selim (Castrel) 4×3.4=25.00% Alexander4×5=9.38% Sir Peter5×5.5=9.38%) (血統表の出典)

Touchstone
栗毛 1831年
父の父
Camel
黒鹿毛 1822年
Whalebone Waxy
Penelope
Mare by Selim Selim
Maiden
父の母
Banter
黒鹿毛 1826年
Master Henry Orville
Miss Sophia
Boadicea Alexander
Brunette

Vulture
栗毛 1833年
Langar
栗毛 1817年
Selim Buzzard
Mare by Alexander
Mare by Walton Walton
Young Giantess
母の母
Kite
鹿毛 1821年
Bustard Castrel
Miss Hap
Olympia Sir Oliver
Scotilla F-No.13-a


外部リンク

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