アダムズ家
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アダムズ家 Adams | |
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民族 |
イングランド系アメリカ人 |
出身地 |
イングランド ブレインツリー |
根拠地 | ピースフィールド |
現居住地 |
アメリカ合衆国 マサチューセッツ州 |
家祖 | ヘンリー·アダムズ |
著名な人物 |
ジョン・アダムズ ジョン・クインシー・アダムズ |
親族 |
クラウニンシールド家 ボールドウィン家 タフト家 スペンサー家 |
業績 | 大統領2人を筆頭に、多数の政治家を輩出 |
標語 Fidem libertatem amicitiam retinebis |
アダムズ家(Adams family)は、18世紀後半から20世紀初頭までの期間にマサチューセッツ州に拠点を置き、多数の政治家を輩出したアメリカのイングランド系の名門一族である。アダムズ家以外に一族から2人のアメリカ合衆国大統領を輩出しているのはハリソン家、ルーズベルト家、ブッシュ家のみである。
アダムズ家のメンバー
[編集]-
ジョン・アダムズ(第1世代)
-
ジョン・クインシー・アダムズ(第2世代)
-
チャールズ・フランシス・アダムズ・シニア(第3世代)
-
チャールズ・フランシス・アダムズ3世(第5世代)
祖先
[編集]- ヘンリー·アダムズ(1583-1646)[1]イングランド生まれで、マサチューセッツ湾植民地の最初の入植者の一人。一族の祖先である。
第一世代
[編集]- ジョン・アダムズ・シニア(1691-1761)と スザンナ・ボイルストン(1708-1797)の子供。
第二世代
[編集]- ジョン・アダムズとアビゲイル・アダムズの子供。
- ジョン・クインシー・アダムズ(1767-1848)[4]第6代大統領。ファーストレディを務めるルイーザ・アダムズ(旧姓ジョンソン)(1775-1852)[5]と結婚。
- チャールズ・アダムズ(1770-1800)[6]ニューヨークの弁護士。急性アルコール中毒により、30歳で死去。
- トーマス・ボイルストン・アダムズ(1772-1832)[7]マサチューセッツ州の議員、裁判官。酒に溺れ、多額の借金を抱えていた。
第三世代
[編集]- ジョン・クインシー・アダムズとルイーザ・アダムズの子供。
- ジョージ・ワシントン・アダムズ(1801-1829)[7]マサチューセッツ州の議員。酒やアヘンに溺れ、多額の借金を抱えていた。乗船していた汽船から海に身を投げて28歳で死去。
- ジョン・アダムズ2世(1803-1834)[7]ホワイトハウスで父の秘書を務めた。その後に故郷で一家が所有する製粉業を継いだが、経営に失敗。失明も経験した。急性アルコール中毒により、31歳で死去。
- チャールズ・フランシス・アダムズ・シニア(1807-1886)[8]合衆国下院議員、在英特命全権公使。1848年の大統領選挙における自由土地党の副大統領候補。
第四世代
[編集]- チャールズ・フランシス・アダムズ・シニアの子供。
- ジョン・クインシー・アダムズ2世(1833-1894)マサチューセッツ州の議員、弁護士。
- チャールズ・フランシス・アダムズ・ジュニア(1835-1915)南北戦争の正規軍准将、第8代ユニオン・パシフィック鉄道社長。
- ヘンリー・ブルックス・アダムズ(1838-1918)歴史家、政治学者。代表作はピューリッツァー賞を受賞した『ヘンリー・アダムズの教育』。社交界の花形となるマリアン・アダムズ(1843-1885自殺)と結婚。
- ブルックス・アダムズ(1848-1927)歴史家、政治学者。
第五世代
[編集]- ジョン・クインシー・アダムズ2世の子供。
- ジョージ・カスパー・アダムズ(1863-1900)ハーバード大学の著名なカレッジフットボールコーチ。
- チャールズ・フランシス・アダムズ3世(1866-1954)クインシー市長、第44代海軍長官。
第六世代
[編集]- チャールズ・フランシス・アダムズ3世の子供。
- チャールズ・フランシス・アダムズ4世(1910-1999)初代レイセオン社社長。
その他
[編集]- サミュエル・アダムズ(1722-1803)ジョン・アダムズの又従兄弟で、アメリカ合衆国建国の父の一人。第4代マサチューセッツ州知事。
- ハンナ・アダムズ(1755-1831)女性の歴史家、神学者。
- トーマス・ボイルストン・アダムズ(1910-1997)ビジネスエグゼクティブ、著作家。
- サミュエル・A・アダムズ(1934-1988)歴史家、CIAのアナリスト。
大統領のミラード・フィルモア、ウィリアム・ハワード・タフト、カルビン・クーリッジや副大統領のディック・チェイニーは共通の祖先であるヘンリー・スクワイアを通してアダムズ家のメンバーと血縁関係にある[9]。
家系図
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アダムズ家とハーバード大学
[編集]アダムズ家からはハーバード大学の卒業生が数多く出ている。
- サミュエル・アダムズ 1740年卒業
- ジョン・アダムズ 1755年卒業
- ジョン・クインシー・アダムズ 1788年卒業
- チャールズ・アダムズ 1789年卒業
- トーマス・ボイルストン・アダムズ 1790年卒業
- ジョージ・ワシントン・アダムズ 1821年卒業
- ジョン・アダムズ2世 1823年放校処分
- チャールズ・フランシス・アダムズ・シニア 1825年卒業
- ジョン・クインシー・アダムズ2世 1853年卒業
- チャールズ・フランシス・アダムズ・ジュニア 1856年卒業
- ヘンリー・ブルックス・アダムズ 1858年卒業
- ブルックス・アダムズ 1870年卒業
- ジョージ・カスパー・アダムズ 1886年卒業
- チャールズ・フランシス・アダムズ3世 1888年卒業
- ロジャー・アダムズ 1909年卒業
- チャールズ・フランシス・アダムズ4世 1932年卒業
- トーマス・ボイルストン・アダムズ 1933年卒業のクラス(卒業せず)[10]
- サミュエル・A・アダムズ 1955年卒業
ハーバード大学の12の寮の一つは「アダムズハウス」と名付けられ、フランクリン・ルーズベルト(第32代大統領)やヘンリー・キッシンジャー(第56代国務長官)も大学時代はこの寮で暮らしていた[11]。
脚注
[編集]出典
[編集]- ^ Anne Husted Burleigh (英語). John Adams: Biography. p. 5. ISBN 1412815452
- ^ “John Adams” (英語). The White House. 2023年1月26日閲覧。
- ^ “First Lady Biography: Abigail Adams” (英語). National First Ladies' Library. 2014年4月28日閲覧。
- ^ “John Quincy Adams” (英語). The White House. 2023年1月26日閲覧。
- ^ “First Lady Biography: Louisa Adams” (英語). National First Ladies' Library. 2014年4月28日閲覧。
- ^ “Charles Adams” (英語). Findagrave.com. 2014年4月29日閲覧。
- ^ a b c “Adams Biographical Sketches” (英語). Massachusetts Historical Society. 2014年4月29日閲覧。
- ^ “ADAMS, Charles Francis, (1807 - 1886)” (英語). Biographical Directory of the United States Congress. 2014年4月29日閲覧。
- ^ “The 10 Most Powerful Political Family Dynasties In American History” (英語). SoCawlege.com (2015年3月21日). 2015年4月6日閲覧。
- ^ Eric Pace (1997年6月9日). “Thomas B. Adams Dies at 86; Descendant of Two Presidents” (英語). NYTimes.com. 2015年4月6日閲覧。
- ^ 峯村健司 (2014年9月27日). “米の大学、群抜く中国の存在感 習主席の娘も今春卒業” (英語). Asahi.com. 2015年4月6日閲覧。