UFO (フォークグループ)

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UFO(ユーフォー)とは、1977年に結成された日本アマチュアフォークグループである。因島出身の3人が結成し、1981年にNHKみんなのうた』で「因島想春譜」が放送されてからは、テレビやラジオに活躍の場を広げていた。1988年、第2回因島文化功労賞を受賞。1990年代に活動が自然消滅状態となったが、節目の年には因島でコンサートを開いている。

メンバー[編集]

概要[編集]

因島市(現・尾道市)出身の槙茂雄、宮地良次、柏原直行の3人がそれぞれ大阪や東京の大学を卒業し、造船関連企業にUターン就職した後の1977年に結成[1]

1981年、NHK広島放送局が募集した『みんなのうた』で、応募数300曲の中から「因島想春譜」が最優秀に選ばれて全国放送されるとともに、ビクターからレコードデビュー[1]。テレビやラジオに出演するなど、因島の顔となった[2]。レコード会社からはメジャーデビューを勧められたがプロにはならず、仕事を続けながら音楽活動を続けた[1]

「因島想春譜」は「布刈瀬戸」、「土生港」などの因島の地名や風景を歌詞に織り交ぜ望郷の思いを歌った曲であり、地元の愛唱歌として根付いている[3]

1988年、第2回因島文化功労賞を受賞した[4]

1980年代後半に見舞われた造船不況の影響[1]により、1990年代初めに槙が大津市の会社に転職し、宮地が横浜市の事業所に転勤した[5]ため、活動は自然消滅の状態となった[3]

かつてのファンから活動再開を求める声が強くなり[2]、結成25周年となる2002年の3月1日に因島市の酒蔵で開かれた「新酒まつり」にて演奏会を開くとともに、3月21日に「因島想春譜」を含む6曲入りのミニアルバムを発表した[3]。7月14日には因島市民会館で復活コンサートを開催し、千人収容のホールは満員となった[6]

2004年5月2日に起きた因島市土生町の集合住宅大火では、被災者支援のチャリティーコンサートを市民会館で開催した[5]

2007年9月9日、因島市民会館で結成30周年記念のチャリティーコンサートを開催した[7]

因島在住の柏原直行は、アマチュアバンド「アンダーグラウンド」を2004年に結成し、活動している[8]

特徴[編集]

叙情あふれた詩をシンプルなメロディに乗せて歌う[3]。古里をテーマにした曲が多い[6]

シングル[編集]

  • 因島想春譜(1981年、ビクター音楽産業 KV-3009) - B面は「愛の夢」

ミニアルバム[編集]

  • ワンズホーム(わがふるさと)(2002年3月21日) - 地元発売

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 「因島のフォークグループ「UFO」 波越え30年 古里愛歌う」中国新聞 朝刊、2007年8月16日。
  2. ^ a b 「因島のフォークグループ「UFO」 母親ら支援へ奮闘 「想春譜」歌い継いで チラシ準備や協賛依頼も」中国新聞 朝刊、尾三/芸北、2002年5月8日。
  3. ^ a b c d 「UFO“再飛行” 因島拠点のフォークグループがあす地元で酒蔵演奏会 80年代ヒット曲「想春譜」もCD化」中国新聞 朝刊、福山、2002年3月1日。
  4. ^ “第27回因島文化功労賞 青木忠・大内恭子氏 文化活動貢献を称える”. せとうちタイムズ (尾道市因島). (2013年9月14日). http://0845.boo.jp/times/2013/09/14123628.php 
  5. ^ a b 「因島の火災被災者 歌声で励ましたい 地元グループ「UFO」 8月にチャリティー演奏会」中国新聞 朝刊、2004年6月12日。
  6. ^ a b 「おかえり、UFO 復活ステージ、1000人拍手 因島」中国新聞 朝刊、一社備/一社/一社防、2002年7月16日。
  7. ^ 「古里へ感謝のライブ 因島のフォークグループ「UFO」」中国新聞 朝刊、福山・尾三、2007年9月11日。
  8. ^ 「日立会館 惜別サウンド 因島のアマバンド 記念ライブ」中国新聞 朝刊、福山・尾三、2007年6月22日。