逆三角関数

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数学において、逆三角関数(ぎゃくさんかくかんすう、: inverse trigonometric function、時折 cyclometric function[1])は(関数の定義域を適切に制限した)三角関数逆関数である。具体的には、それらは正弦 (sine)余弦 (cosine)正接 (tangent)余接 (cotangent)正割 (secant)余割 (cosecant) 関数の逆関数である。それらは角度の任意の三角比から角度を得るために使われる。逆三角関数は工学航法物理学幾何学において広く使われる。

表記

逆三角関数に対して用いられる表記はたくさんある。sin−1 (x), cos−1 (x), tan−1 (x) などの表記はしばしば使われるが、この慣習は関数の合成ではなく冪乗を意味する sin2 (x) のような表現の一般的なセマンティクスと論理的には相反し、それゆえ乗法逆元合成的逆の間の混乱を起こすかもしれない。三角関数の各逆数はそれ自身の名前を持っている。例えば cos(x)−1=sec(x)、という事実によって混乱は幾分改善される。著者によっては別の慣習が使われる[2]大文字の英語版最初の文字を −1 の右上添え字とともに用いるのである。例えば Sin−1 (x), Cos−1 (x) などである。 これは sin−1 (x), cos−1 (x) などによって表現されるべき乗法逆元との混乱を避ける。ところが語頭の大文字を主値を取ることを意味するために使う著者もいる。また別の慣習は接頭辞に arc- を用いることであり、右上の −1 の添え字の混乱は完全に解消される。例えば、arcsin (x), arccos (x) などである。 この慣習は記事全体において用いられる。コンピュータプログラミング言語において逆三角関数は通常 asin, acos, atan と呼ばれる。

arc- 接頭辞の起源

ラジアンで測るとき、 r を円の半径とすると θ ラジアンの角度は長さが (arc) に対応する。従って、単位円において、"コサインが x の arc" は "コサインが x である角度"と同じである、なぜならば単位円の弧長はラジアンによって角度を測ったものと同じだからである[3]

基本的な性質

主値

6つの三角関数はいずれも単射でないから、逆関数を持つように制限される。それゆえ逆関数の値域はもとの関数の定義域の真の部分集合である。

例えば、多価関数の意味で関数を用いて、平方根関数 y = xy2 = x から定義できるのとちょうど同じように、関数 y = arcsin(x)sin(y) = x であるように定義される。sin(y) = x であるような数 y は複数存在する; 例えば、sin(0) = 0 であるが、sin(π) = 0, sin(2π) = 0, etc. でもある。ただ 1 つだけの値が望まれているとき、関数はその主枝に制限される。この制限とともに、定義域の各 x に対して表現 arcsin(x) はその主値と呼ばれるただ 1 つの値だけを返す。これらの性質はすべての逆三角関数についても同様に当てはまる。

主逆関数は以下の表にリストされる。

名前 通常の表記 定義 実数を与える x の定義域 通常の主値の終域
(ラジアン)
通常の主値の終域
()
arcsine y = arcsin x x = siny −1 ≤ x ≤ 1 −π/2 ≤ y ≤ π/2 −90° ≤ y ≤ 90°
arccosine y = arccos x x = cosy −1 ≤ x ≤ 1 0 ≤ y ≤ π 0° ≤ y ≤ 180°
arctangent y = arctan x x = tany すべての実数 −π/2 < y < π/2 −90° < y < 90°
arccotangent y = arccot x x = coty すべての実数 0 < y < π 0° < y < 180°
arcsecant y = arcsec x x = secy x ≤ −1 or 1 ≤ x 0 ≤ y < π/2 or π/2 < y ≤ π 0° ≤ y < 90° or 90° < y ≤ 180°
arccosecant y = arccsc x x = cscy x ≤ −1 or 1 ≤ x −π/2 ≤ y < 0 or 0 < y ≤ π/2 −90° ≤ y < 0° or 0° < y ≤ 90°

(注意: arcsecant 関数の終域を (0 ≤ y < π/2 or π ≤ y < 3π/2) と定義する著者もいる、なぜならば tangent 関数がこの定義域上非負だからである。これによっていくつかの計算がより首尾一貫したものになる。例えば、この終域を用いて、tan(arcsec(x)) = x2 − 1 と表せる。一方で終域 (0 ≤ y < π/2 or π/2 < y ≤ π) を用いる場合、tan(arcsec(x)) = ± x2 − 1 と書かねばならない、なぜならば tangent 関数は 0 ≤ y < π/2 上は負でないが π/2 < y ≤ π 上は正でないからである。類似の理由のため、同じ著者は arccosecant 関数の終域を (−π < y ≤ −π/2 or 0 < y ≤ π/2) と定義する。)

x複素数であることを許す場合、y の終域はその実部にのみ適用する。

三角関数と逆三角関数の関係

逆三角関数の三角関数を以下の表に示す。表にある関係を導くには、単純には幾何学的な考察から、直角三角形の一辺の長さを 1 とし、他方の辺の長さを 0 ≤ x ≤ 1 にとってピタゴラスの定理と三角比の定義を適用すればよい(表中の図を参照)。このような幾何学的な手段を用いない、純代数学的導出はより長いものとなる。

逆三角関数の間の関係

平面上の直交座標系で図示された arcsin(x)()と arccos(x)()の通常の定義における主値。
平面上の直交座標系で図示された arctan(x) ()と arccot(x) ()の通常の定義における主値。
平面上の直交座標系で図示された arcsec(x) ()と arccsc(x) ()の主値。

余角:

負角:

逆数:

から sin の項目を参照すれば:

ここでは複素数の平方根を、正の実部(あるいは平方が負の実数であれば正の虚部)を持つように選ぶ。

半角公式英語版 から、次を得る:

Arctangent 加法定理

これはタンジェントの加法定理

から

とすることで導かれる。

微分積分学

逆三角関数の導関数

z の複素数値の導関数は次の通りである:

x が実数である場合のみ、以下の関係が成り立つ:

導出例: θ = arcsin x であれば:

定積分としての表現

導関数を積分し一点で値を固定すると逆三角関数の定積分としての表現が得られる:

x1 に等しいとき、制限された定義域の積分は広義積分であるが、なおきちんと定義されている

無限級数

サインとコサイン関数のように、逆三角関数は次のように無限級数を用いて計算できる:







レオンハルト・オイラー (Leonhard Euler) はアークタンジェントのより効率的な級数を見つけた。それは:

n = 0 に対する和の項は 1 である 0 項の積であることに注意する。)


代わりにこれは次のようにも書ける:

変種: アークタンジェントの連分数

アークタンジェントの冪級数の 2 つの代わりはこれらの一般化連分数英語版である:

これらの 2 番目は cut 複素平面において有効である。i から虚軸を下がって無限の点までと i から虚軸を上がって無限の点までの 2 つの cut がある。それは −1 から 1 まで走る実数に対して最もよく働く。部分分母は奇自然数であり部分分子は(最初の後)単に (nz)2 であり各完全平方が一度現れる。1 つ目はレオンハルト・オイラーによって開発された。2 つ目はガウスの超幾何級数英語版を利用してカール・フリードリヒ・ガウス (Carl Friedrich Gauss) によって開発された。

逆三角関数の不定積分

実及び複素値 x に対して:

実数 x ≥ 1 に対して:

これらはすべて部分積分上で示された単純な導関数の形を用いて導出できる。

を用いて、

とおく。すると


と置換する。すると

そして

x に逆置換すると

が出る。

複素平面への拡張

逆三角関数は解析関数であるから、実数直線から複素平面に拡張することができる。その結果は複数のシートと分岐点を持つ関数になる。拡張を定義する 1 つの可能な方法は:

ただし −i と +i の真の間にない虚軸の部分は主シートと他のシートの間の cut である;

ただし(平方根関数は負の実軸に沿って cut を持ち)−1 と +1 の真の間にない実軸の部分は arcsin の主シートと他のシートの間の cut である;

これは arcsin と同じ cut を持つ;

これは arctan と同じ cut を持つ;

ただし −1 と +1 の両端を含む間の実軸の部分は arcsec の主シートと他のシートの間の cut である;

これは arcsec と同じ cut を持つ。

対数を使った形

これらの関数は複素対数関数を使って表現することもできる。これらの関数の対数表現は三角関数の指数関数による表示を経由して初等的な証明が与えられ、その定義域複素平面に自然に拡張する。

ここで注意しておきたい事は、複素対数関数における主値は、複素数の偏角部分 arg の主値の取り方に依存して決まる事である。それ故に、ここで示した対数表現における主値は、複素対数関数の主値を基準にすると、逆三角関数の主値で述べた通常の主値と一致しない場合がある事に注意する必要がある。一致させたい場合は、対数部の位相をずらす事で対応できる。若し文献により異なる対数表現が与えられている樣な場合には、主値の範囲を異なる範囲で取る場合であると考えられるので、目的に応じて対数部の位相をずらす必要がある。

証明例

サインの指数関数による定義

を用いて

を得る。

とする。すると

(正の分枝を選ぶ)

証明例 (variant 2)

自然対数を取り、i を掛け、arcsin xθ に代入する。
複素平面における逆三角関数

応用

一般の解

各三角関数は引数の実部において周期的であり、2π の各区間において2度すべてのその値を取る。サインとコセカントは(k を整数として)周期を 2πkπ/2 で始め 2πk + π/2 で終わり、2πk + π/2 から 2πk + 3π/2 までは逆にする。コサインとセカントは周期を 2πk で始め 2πk + π で終わらせそれから 2πk + π から 2πk + 2π まで逆にする。タンジェントは周期を 2πkπ/2 から始め 2πk + π/2 で終わらせそれから 2πk + π/2 から 2πk + 3π/2 まで(前へ)繰り返す。コタンジェントは周期を 2πk で始め 2πk + π で終わらせそれから 2πk + π から 2πk + 2π まで(前へ)繰り返す。

この周期性は k を何か整数として一般の逆において反映される:

1 つの方程式に書けば:
1 つの方程式に書けば:

応用: 直角三角形の角度を見つけること

直角三角形。

逆三角関数は直角三角形の残りの 2 つの角度を決定しようとするときに三角形の辺の長さが知られているときに有用である。例えば sin の直角三角形による定義を思い出すと

が従う。しばしば、斜辺 (hypotenuse) は未知であり arcsinarccos を使う前にピタゴラスの定理を使って計算される必要がある:a2 + b2 = h2, ただし h は 斜辺の長さである。アークタンジェントはこの状況で重宝する、なぜなら斜辺の長さは必要ないからだ。

例えば、7 メートル行くと 3 メートル下がる屋根を考えよう。この屋根は水平線と角度 θ をなす。このとき θ は次のように計算できる:

コンピュータサイエンスとエンジニアリングにおいて

アークタンジェントの 2 引数の変種

atan2 関数は 2 つの引数を取り、与えられた yx に対して y/x のアークタンジェントを計算する関数だが、その返り値は (−π, π] の範囲に定める。言い換えると、atan2(y, x) は平面の正の x-軸とその上の点 (x, y) の間の角度に反時計回りの角度(上半平面、y > 0)に対して正の符号をつけて時計回りの角度(下半平面、y < 0)には負の符号をつけたものである。atan2 関数は最初多くのコンピュータプログラミング言語において導入されたが、今日では他の科学や工学の分野においても一般的に用いられている。尚、マイクロフトのEXCELでは引数の順番が逆になっている。

atan2 は標準的な arctan、すなわち終域を (−π/2, π/2) に持つ、を用いて次のように表現できる:

それはまた複素数 x + iy偏角主値にも等しい。

この関数はタンジェント半角公式英語版を用いて次のようにも定義できる: x > 0 あるいは y ≠ 0 ならば

しかしながらこれは x ≤ 0 かつ y = 0 が与えられると成り立たないので、計算機で用いる定義としては適切ではない。

上の引数の順序 (y, x) は最も一般的のようであり、特にC言語のようなISO規格において用いられるが、少数の著者は逆の慣習 (x, y) を用いているため、注意が必要である。これらのバリエーションは atan2 に詳しい。

x, y 共に 0 の場合、インテルの CPU の FPATAN 命令、Javaプラットフォーム.NET Framework などは下記ルールに従っている。

atan2(+0, +0) = +0
atan2(+0, −0) = +π
atan2(−0, +0) = −0
atan2(−0, −0) = −π

位置パラメータを伴うアークタンジェント関数

多くの応用において[どれ?]方程式 x = tan y の解 y は与えられた値 −∞ < η < ∞ にできるだけ近い値を取るべきである。適切な解はパラメータ修正アークタンジェント関数

によって得られる。丸め関数 は引数に最も近い整数を与える (round to the nearest integer)

実際的考慮

0π の近くの角度に対して、アークコサインは 条件数 であり、計算機において角度計算の実装に用いると精度が落ちてしまう(桁数の制限のため)。同様に、アークサインは −π/2π/2 の近くの角度に対して精度が低い。すべての角度に対して十分な精度を達成するには、実装ではアークタンジェントあるいは atan2 を使うべきである。

脚注

  1. ^ 例えば Dörrie, Heinrich (1965). Triumph der Mathematik. Trans. David Antin. Dover. p. 69. ISBN 0-486-61348-8 
  2. ^ Prof. Sanaullah Bhatti; Ch. Nawab-ud-Din; Ch. Bashir Ahmed; Dr. S. M. Yousuf; Dr. Allah Bukhsh Taheem (1999). “Differentiation of Tigonometric, Logarithmic and Exponential Functions”. In Prof. Mohammad Maqbool Ellahi, Dr. Karamat Hussain Dar, Faheem Hussain (Pakistani English). Calculus and Analytic Geometry (First ed.). Lahore: Punjab Textbook Board. p. 140 
  3. ^ "Inverse trigonometric functions" in The Americana: a universal reference library, Vol.21, Ed. Frederick Converse Beach, George Edwin Rines, (1912).

関連項目

外部リンク