ペール・ヤコブソン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。不真面目苦手 (会話 | 投稿記録) による 2020年11月27日 (金) 14:04個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (一部を修正。)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

ペール・ヤコブソン
Per Jacobsson
1962年11月22日撮影
国際通貨基金第3代専務理事
任期
1956年11月21日 – 1963年5月5日
前任者イヴァル・ルース英語版
後任者ピエール=ポール・シュバイツァー英語版
個人情報
生誕 (1894-02-05) 1894年2月5日
 スウェーデン ヴェストラ・イェータランド県タヌム英語版
死没1963年5月5日(1963-05-05)(69歳)
イギリスの旗 イギリス ロンドン
国籍 スウェーデン
出身校ウプサラ大学
専業経済学者

ペール・ヤコブソン(Per Jacobsson、1894年2月5日1963年5月5日)は、スウェーデン経済学者1956年11月21日から国際通貨基金 (IMF) 第3代専務理事に就任し、1963年に死去するまでその任にあった[1]

経歴

スウェーデンヴェストラ・イェータランド県タヌム英語版に生まれたヤコブソンは、ウプサラ大学から法学と経済学の学位を得た[2]ストックホルムでいったん教職に就き[2]グスタフ・カッセルクヌート・ヴィクセルベルティル・オリーンらと接触しながら、学術論文を発表した[3]1920年から1928年まで、国際連盟の職員となり[2]ロンドンジュネーブウィーンなどで経済情勢分析の報告書作成の業務に就いていた[3]

1928年にはスウェーデンに帰国し、政府の経済防衛委員会の事務局長となった[3]。その後、イーヴァル・クルーガーの下で顧問として働いた[4]

次いで1931年からは国際決済銀行に勤め[2]1956年まで顧問兼通貨経済部長として在籍した[5]

国際決済銀行経済顧問としてスイスに駐在していた1945年、同じく国際決済銀行に出向していた横浜正金銀行の北村孝治郎・吉村侃の両名(そのバックには、スイス公使の加瀬俊一とスイス駐在武官だった岡本清福がいた)と、アメリカの諜報機関OSSアレン・ウェルシュ・ダレスとの間で、日本の終戦工作の仲介をおこなった[6]。1946年10月、世界銀行の経済顧問となった。そしてヨーロッパ支払同盟の構想にポンドをふくむよう訴えた。

1956年12月、ヤコブソンはIMFの専務理事となり、1963年5月5日に死去するまでその座にとどまった[2]

家族

International monetary problems, 1964

ヤコブソンの娘で芸術家であったモイラ (Moyra) は、初めて1マイルを4分以内に走破したことで知られるイギリス代表のオリンピック選手で医師だったロジャー・バニスターと結婚した[7]

ヤコブソンの没後、遺族の意向によってペール・ヤコブソン財団 (Per Jacobsson Foundation) が設立された[8]。その目的は、国際金融問題についての議論と、この分野の基礎研究を支援することにある[8]

脚注

  1. ^ “Per Jacobsson, Economist, Dead; Monetary Fund's Director Fought Currency Crises”, New York Times, (1963-05-06), http://select.nytimes.com/gst/abstract.html?res=F60C1EFB3D5A157B93C4A9178ED85F478685F9 .
  2. ^ a b c d e Mr. Per Jacobsson's Biography”. The Per Jacobsson Foundation. 2016年7月27日閲覧。
  3. ^ a b c Yago et al., 2015, p.71.
  4. ^ Yago et al., 2015, p.72.
  5. ^ 20世紀西洋人名事典『ペール ヤコブソン』 - コトバンク
  6. ^ 竹内修司『幻の終戦工作 ピース・フィーラーズ 1945夏』(文春新書、2005年)に詳述されている。
  7. ^ W F Deedes (2004年5月6日). “How the hero of the four-minute mile ran on to scale even greater heights”. Telegraph.co.uk. 2016年7月27日閲覧。
  8. ^ a b Purposes and Activities” (English). The Per Jacobsson Foundation. 2010年10月16日閲覧。

参考文献

外部リンク

市政職
先代
イヴァル・ルース
国際通貨基金 (IMF) 専務理事
1956年 – 1963年
次代
ピエール=ポール・シュバイツァー