イデアル類群
数学において,体 K に対してイデアル類群(英: ideal class group)あるいは類群(英: class group)とは,商群 IK/PK である,ただし IK は K の分数イデアルの群で,PK は K の単項イデアルからなる部分群である.代数体(あるいはより一般に任意のデデキント環)の整数環における一意分解の成り立たなさをイデアル類群によって記述することができる.この群が有限のとき(代数体の整数環の場合はそうである),その群の位数を類数(英: class number)と呼ぶ.デデキント環の乗法的理論はそのイデアル類群の構造と密接にかかわっている.例えば,デデキント環のイデアル類群が自明であることとその環が一意分解整域であることは同値である.
歴史と起源
イデアル類群(というよりは,実質的にイデアル類群であったもの)は,イデアルの概念が定式化されるよりも前に研究されていた.これらの群は二次形式の理論において現れた:二項整二次形式の場合には,ガウスによって最終形のようなものにされたように,形式のある同値類上に合成則が定義された.これは当時認識されていたように有限アーベル群になる.
後にクンマーは円分体の理論に向かって研究していた.1の冪根を用いた分解によってはフェルマー予想の一般の場合が完全に証明できないことはとてもよい理由のためであると(おそらく複数の人々によって)気付かれていた:つまりそれらの1の冪根によって生成された環において算術の基本定理が成り立たないことが主な障害だった.クンマーの最初の仕事から分解の障害の研究が生じた.我々は今ではこれをイデアル類群の一端と理解する:実はクンマーは,フェルマーの問題に取り組む標準的な手法の失敗の理由として,任意の素数 p に対して,1 の p :乗根の体に対してその群における p-torsion を分離していた(正則素数を参照).
やや後になってデデキントはイデアルの概念を定式化したが, クンマーは異なる方法で研究していてこの時点で存在する例を統一できた.代数的整数の環は(単項イデアル整域とは限らないため)素元への一意分解を持たないが,すべての真のイデアルは素イデアルの積としての一意的な分解を持つ(つまりすべての代数的整数環はデデキント整域である)という性質を持つことが示された.イデアル類群の大きさは環が単項イデアル整域であることからどれだけ隔たっているかを表すものと考えられる;環が単項イデアル整域であることと自明なイデアル類群を持つことは同値である.
定義
R が整域であるとき,R の非零分数イデアルに関係 ∼ を次のように定義する:I ∼ J であるとは,R の零でない元 a と b が存在して,(a)I = (b)J となることとする.(ここで (a) は a の倍数全体からなる R の単項イデアルを意味する.)この関係が同値関係であることは容易に示される.その同値類は R のイデアル類 (ideal class) と呼ばれる.
イデアル類は掛けることができる:[I] でイデアル I の同値類を書けば,積 [I][J] = [IJ] は well-defined かつ可換である.すべての単項イデアルを集めた集合はこの積に対して単位元となるイデアル類 [R] になる.したがって類 [I] が逆元 [J] をもつことと IJ が単項イデアルとなるようなイデアル J が存在することは同値である.一般には,そのような J が存在するとは限らず,したがって R のイデアル類の全体はモノイドでしかない.
しかしながら,R が代数体の代数的整数の環であったり,より一般にデデキント環であれば,上で定義された積により分数イデアル類の全体はアーベル群になり,これが R のイデアル類群 (ideal class group) である.群の性質である逆元の存在は,次の事実から容易に従う:デデキント環において,(R を除く)すべての非零イデアルは素イデアルの積である.
性質
イデアル類群が自明である(すなわちただ1つしか元を持たない)ことと,R のすべてのイデアルが単項イデアルであることは同値である.この意味においてイデアル類群は,R が単項イデアル整域であることから,したがって一意的な素元分解を満たすことから,どれだけ離れているかを測っている(デデキント環が一意分解整域であることと単項イデアル整域であることは同値である).
イデアル類の個数(R の類数)は一般には無限大かもしれない.実は,任意のアーベル群はあるデデキント環のイデアル類群に同型である[1].しかし,実際には R が代数的整数の環であるときには,その類数はつねに有限である.これは古典的な代数的整数論の主要な結果の1つである.
類群の計算は一般には難しい;判別式が小さい代数体の整数環に対しては,Minkowski's boundを用いることで,手で計算できる.この結果は,環に依存する上界であって,すべてのイデアル類が上界よりも小さいイデアルノルムを含むものを与える.一般にはこの上界は判別式の大きい体に対して手で計算をするのに十分小さいものではないが,コンピュータはその仕事に適している.
整数環 R から対応するイデアル類群への写像は関手的であり,イデアル類群は代数的K理論の先頭に K0(R) を R にそのイデアル類群を割り当てる関手として包摂できる;より正確には,C(R) を類群として,K0(R) = Z×C(R) である.高次の K 群も整数環と関連して数論的に解釈できる.
単数群との関係
上記で既に見たように、イデアル類群はデデキント環のどのくらいのイデアルが元のように振る舞うかという問いに部分的な解答を与える.答えの別の部分はデデキント環の単数のなす乗法群が与える。なぜならば単項イデアルからその生成元への移行には単元を使わなければならないからである(そしてこれは分数イデアルの概念を導入する理由の残りでもある)。
K× から R のすべての非零分数イデアルのなす集合への写像を,各元をそれの生成する単項(分数)イデアルに送ることによって定義する.これは群準同型である;その核は R の単数群であり,余核は R のイデアル類群である.この群が自明群からどれだけ離れているかは,写像が同型からどれだけ離れているか,つまり,イデアルが環の元のように,つまり数のように,振る舞うことからどれだけ離れているかを表す.
イデアル類群の例
- 環 Z, Z[ω], Z[i], ただし ω は 1 の立方根で i は 1 の4乗根(すなわち −1 の平方根),はすべて単項イデアル整域であり(実はすべてユークリッド整域である),したがって類数は 1 である:つまり,それらは自明なイデアル類群を持つ.
- k が体のとき,多項式環 k[X1, X2, X3, ...] は整域である.それはイデアル類を可算無限個持つ.
二次体の類数
いま d を平方因子を持たない整数(相異なる素数の積)で,1 でないとすると,Q(√d) は Q の二次拡大である.そうして d < 0 ならば,Q(√d) の代数的整数環 R の類数が 1 に等しいのは以下のいずれかの場合だけである:d = −1, −2, −3, −7, −11, −19, −43, −67, −163. この結果は最初ガウスによって予想され,クルト・ヘーグナーによって証明されたが,ヘーグナーの証明は後にハロルド・スタークが1967年に証明を与えるまで信用されなかった.(スターク・ヘーグナーの定理を参照.)これは有名な類数問題の特別な場合である.
一方で,d > 0 のときは,Q(√d) の類数が 1 になる場合が無限個あるかどうかは分かっていない.計算機による結果は,そのような体が非常に多くあることを示している.しかしながら,類数が 1 の代数体が無限個あるかどうかさえ知られていない[2][3].
Q(√d) のイデアル類群は,d < 0 のときは,Q(√d) の判別式に等しい判別式の整二項二次形式のイデアル類群に同型である.しかし d > 0 に対して,イデアル類群の大きさは半分かもしれない,なぜならば整二項二次形式の類群は Q(√d) の狭義類群に同型だからである[4].
非自明な類群の例
二次の整数環 R = Z [√−5] は Q(√−5) の整数環である.それは一意分解整域ではない;実は R の類群は位数 2 の巡回群である.実際,イデアル
- J = (2, 1 + √−5)
は単項イデアルではないことが,背理法によって以下のように証明できる.R はノルム関数 N(a + b√−5) = a2 + 5 b2 を持ち,これは N(uv) = N(u)N(v) を満たす.そうしてN(u) = 1 であることと u が R の単数であることは同値である.まずはじめに,J ≠ R である,なぜならば,R をイデアル (1 + √−5) で割った環は,Z/6Z に同型であり,したがって R を J で割った環は Z/2Z に同型であるからである.もし J が R の元 x によって生成されたとすると,x は 2 と 1 + √−5 をともに割り切る.するとノルム N(x) は N(2) = 4 と N(1 + √−5) = 6 をともに割り切るので,N(x) は 2 を割り切る.N(x) = 1 ならば x は単数なので,J = R となって矛盾する.しかし N(x) は 2 でもない,なぜならば R はノルム 2 の元を持たないからである,なぜならばディオファントス方程式 b2 + 5 c2 = 2 は 5 を法として解を持たないから整数解を持たないからである.
また,J2 = (2) で単項イデアルになることも計算でき,したがってイデアル類群における J の類の位数は 2 である.他のイデアル類が存在しないことを示すにはより労力が必要である.
この J が単項でないという事実は,元 6 が2つの相異なる既約元分解
- 6 = 2 × 3 = (1 + √−5) × (1 − √−5)
を持つこととも関係する.
類体論との関係
類体論は与えられた代数体のすべてのアーベル拡大,つまりガロワ群が可換なガロワ拡大を分類しようとする代数的整数論の分野である.とりわけ美しい例は代数体のヒルベルト類体において見つかる.これはそのような体の極大不分岐アーベル拡大として定義できる.代数体 K のヒルベルト類体 L は一意的であり,以下の性質を持つ:
- K の整数環のすべてのイデアルは L では単項になる,すなわち,I を K の整イデアルとすると,I の像は L の単項イデアルである.
- L は K のガロワ拡大であり,そのガロワ群は K のイデアル類群に同型である.
どちらの性質も証明はそれほど簡単ではない.
関連項目
- 類数公式
- 類数問題
- ブラウアー・ジーゲルの定理 - 類数の漸近公式
- 類数 1 の代数体の一覧
- 単項イデアル整域
- 代数的K理論
- ガロワ理論
- フェルマーの最終定理
- 狭義類群
- ピカール群 - 代数幾何で現れる,類群の一般化
- アラケロフ類群
脚注
- ^ Claborn 1966.
- ^ Neukirch 1999.
- ^ Gauss 1700.
- ^ Fröhlich & Taylor 1993, Theorem 58.
参考文献
- Claborn, Luther (1966), “Every abelian group is a class group”, Pacific Journal of Mathematics 18: 219–222, doi:10.2140/pjm.1966.18.219
- Fröhlich, Albrecht; Taylor, Martin (1993), Algebraic number theory, Cambridge Studies in Advanced Mathematics, 27, Cambridge University Press, ISBN 978-0-521-43834-6, MR1215934
- Neukirch, Jürgen (1999), Algebraic Number Theory, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, 322, Berlin: Springer-Verlag, ISBN 978-3-540-65399-8, Zbl 0956.11021, MR1697859