エルンスト・クンマー
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| エルンスト・クンマー | |
|---|---|
![]() エルンスト・クンマー | |
| 生誕 |
1810年1月29日 |
| 死没 |
1893年5月14日(83歳) |
| 居住 |
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| 国籍 |
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| 研究分野 | 数学 |
| 研究機関 |
ベルリン大学 ヴロツワフ大学 ベルリン工科大学 モスクワ大学 |
| 出身校 | ハレ・ヴィッテンベルク大学 |
| 博士課程 指導教員 | ハインリッヒ・シェルク |
| 博士課程 指導学生 |
ゴットホルト・アイゼンシュタイン フェルディナント・ゲオルク・フロベニウス ラザルス・フックス ヘルマン・アマンドゥス・シュワルツ ゲオルク・カントール ハンス・カール・フリードリヒ・フォン=マンゴルト アドルフ・ピルツ |
| 主な業績 | ベッセル関数、クンマー理論 |
| プロジェクト:人物伝 | |
エルンスト・エドゥアルト・クンマー(Ernst Eduard Kummer、1810年1月29日 ブランデンブルク・ゾーラウ Sohrau(ポーランド・ルブシュ県ジャリ) - 1893年5月14日)は、ドイツの数学者。ワイエルシュトラス、(彼の教え子の一人)クロネッカーと共に、ベルリン大学の三大数学者の一人として指導的役割を果たした。最初は関数論を研究していたが、1840年代からは代数的整数論に関心を持つようになり、円分体とそのイデアル類と類数を中心的に研究するようになった。彼はその後のイデアル論の基礎となるものを確立し、L関数の値のp進的な性質を調べていった。この他、砲弾の弾道計算で業績を残している。オーギュスタン・ルイ・コーシーとガブリエル・ラメが行った虚数を含む素因数分解に一意性がないことを指摘した。しかし、クンマーは一意性の問題に取り組み、多くの場合について一意性を復活させる方法として理想数を導入した。この方法はのちにリヒャルト・デーデキントによってまとめられ、イデアル概念が生まれた。
大学での講義中、とっさに九九が計算できなかった逸話が有名である。数々の業績を残した彼だが、瞬発的な数字の計算能力はむしろ低かったようである。
